美容外科の多くは9〜11月は比較的ヒマになります。
私のような裏方仕事の場合、この時期こそ経営者やドクターにさまざまなことを即断即決してもらえる絶好のチャンスなので大忙しですが、業務側はヒマになります。
先日、経営者側から値引きをしてみないかという提案がありましたが、丁重にお断りさせていただきました。
「値引きをして倒産する会社はあるが、値上げして倒産する会社はない」by
神田昌典氏
一時的に売上が低迷してくると、思わず頭をよぎる「値引き」なのですが、サービス業においては、値引きで得をする人は世界中どこにもいないというのが私の実感です。
誰も得をしない「値引き」なら、何が何でもやるわけにはいかないのです。
「安いほうが良いに決まってるじゃん」と思うかもしれませんが、それは大きな間違いです。
美容外科に関して言えば、本来42万円の治療を30万円に値引きしたとしましょう。 治療の提供側は「12万円損した」とどこかで感じてしまうので、覚悟が変わってきます。
また、42万円と提示された患者様が少しグズッたので30万円にしてあげたとしましょう。 グズり得と感じる人は幸せかもしれませんが、通常は「え?じゃぁ、最初っから吹っかけてたの?得体が知れなくて気持ち悪い」と感じるはずです。
運営側も損をします。 安くするのはスグにできますが、元に戻すには理由と時間がかかり、高くするにはもっと時間と理由が必要だからです。
安くなることで品質が低下し、安くすることでモチベーションが落ちる。 提供される側も提供する側も得しないのが「値引き」です。
「でも安くすれば患者(お客)が増えるから、結果的な収益は上がるじゃないか」と思うかもしれませんが、数をこなせば余裕が確実に減ります。 精神的な余裕でも時間的余裕でも、余裕がなければ、未来の新しい価値に思いをめぐらせることが不可能になり、数年後に赤が出てしまうのです。
唯一、値引きをして良いのは「キャンペーン」です。 例えば○周年キャンペーンやクリスマスキャンペーン、バースデイ割引、ファミリー割引などです。 理由のない値引きは相手を不安に陥れますが、理由が明確な値引きであれば、相手に安心してもらえるのです。
しかもキャンペーン期間終了と共に通常料金に戻っても、誰も文句はありません。
人は安さに感謝はしません。 人は値段に十分な内容に感謝するのです。
ですから値引きしたいと思ったら逆に「値上げ」した方が効果的です。
値上げをすると提供側は身が引き締まります。 昨日まで42万円だったところを60万円にするだけで「18万円分頑張らなくちゃ」と身が引き締まるのです。 18万円分の頑張りが余剰されたサービスを受ける側は大満足です。
する側もされる側も得をするのは実は「値上げ」だったりします。
「値引き」は単なる自己満足ということです。
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- 2006/09/22金 21:03:46|
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「ウーマン・ウォーズ 不信のとき」というドラマを欠かさず観ていました。
昼ドラ(観たことはありませんが…)並みにドロリとしていて、どうやって話を終わらせるんだろうと気になって観ていたというのが本当のところなのですが、ラストシーン直前で面白い台詞を聞きました。
愛人「ダイヤの指輪をしている女が幸せとは限らない。 でも、ダイヤの指輪をしていることで強くいられる。」
正妻「結婚指輪をしている女が幸せとは限らない。 でも、結婚指輪をしていることでたくましくいられる。」
指輪ひとつで行動は制限されます。 よほどのワイルドキャットでもない限り、好きになった相手が結婚指輪をしていれば躊躇くらいはするはずです。
不倫したい症候群の男子はこの指輪を「首輪」と感じるでしょうし、ホットな恋愛中のドリームガールはこういった指輪を「お守り」と認識しているものです。
同じ現象を否定的に捉えるか、肯定的に捉えるかが、その人の自由獲得能力だと思っています。
指輪のような「首輪」や「お守り」になりえる「足かせ」をどう活かせるかと言い換えても良いかもしれません。
こんな格言を聞いたことがあります。
「浮気をする男は最低の男だが、浮気が出来る男は最高の男である。」
キャバクラでいい気分におだてられると、コッソリ結婚指輪を外す男子は惨めなほどにカッコ悪いですが、奥さんの自慢話を愛人に出来る男は憎たらしいほどカッコ良いと思いませんか?
「妻とうまくいってないんだ」と同情を誘う男子は最高にカッコ悪いです。 「いつになったら奥さんと別れるのよ」と不倫相手に迫るメルヘンガールも同様です。 どちらも自らの足かせに踊らされているから悲惨なのだと思います。
反対に、愛妻家だと明言しているのにモテる男は確実に存在します。 他人を不幸にせずに自分の幸せを確立できるデキた愛人も存在します。 どちらにも共通しているのは結婚という足かせの重量を超える甲斐性を持っていることです。
足かせを障害としない甲斐性もサービス魂だと思います。
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- 2006/09/21木 23:46:01|
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「あなたの長所は?」と聞かれて「大きな目」「長い足」と身体的なアドバンテージを挙げる人はまずいないでしょう。
しかし、「あなたの短所は?」の質問には「小さい目」「短足」と聞くことが出来ます。
自分を構成するファクターとしての精神と肉体。
美容医療という肉体へのアプローチによって、対象の社会的価値を向上させるのが私たちの使命です。
精神性の向上を趣旨とした、いかがわしい自己啓発セミナーや怪しげな新興宗教が社会に落とす影を鑑みれば、肉体の向上を主たる趣旨とする美容外科の可能性は健全で遥かに大きいと思うのですが、どうでしょうか?
先日のエントリーに記載したように、現在 啓蒙的な寄稿や意見広告を模索中なのですが、ある大手経済誌に出稿を試みたところ難色を示されました。
「美容整形は今のところ社会的認知や社会的価値が高くない」と言われました。
その誌面には新興宗教の教祖が書いた書籍や、具体性のない成功を連呼する自己啓発セミナーの広告がちりばめられていたので、ちょっと皮肉を書いてみたくなりました。
「
健全な精神は健全な肉体に、美しい精神は美しい肉体に、バランスの取れた精神はバランスの取れた肉体に宿る。」
これが出稿予定だった記事のタイトルでした。
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- 2006/09/18月 06:52:30|
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私の勤務する美容外科の経営者は非常に慎重な性格の持ち主です。
時にその「石橋を“丁寧に”叩いて渡る」性格にイラ立ちを覚えることもあり、「叩きすぎて石橋を壊してしまうのでは?!」不安にかられることもありますが、彼が慎重であるが故に、私は猪突猛進のスタイルを維持できるといっても過言ではありません。
その意味で非常にバランスの取れた関係です。
先日その経営者が、自身の経営者仲間に私を紹介してくださる際に面白い例え話をしてくださったので、書き記したいと思います。
「ディレクター(私のこと)は目の良いラリードライバーなの。 アクセル全開でガンガン走れちゃう。 この大きな目で遠くまで見てるから、まず事故らない。 晴天ならナビゲーターのボクも安心して隣に乗っていられる。 でも砂煙が上がってたり、雨が降ったら怖い。 そんな時こそボクの出番。 ボクは目も良くないし、度胸もないけど、経験がある。 コースを熟知してる。 だから雨が降ってもディレクターにアクセルを緩めるなと言ってあげられる。 しかもライバルたちのクセも知ってるつもり。 羨ましいでしょう。」
なんとも光栄な言葉でした。
そうなのです。 私がアクセル全開で猪突猛進できるのは経営者の経験知に依るところが大きいのです。
私のような若輩者がハイスピードで駈けるのに必要なもの。
それは先達の経験と知恵です。
その経験と知恵を無料開放してくださる経営者に、ありがたいと感謝すると共に、もっと遠くを見渡せる視力の獲得と知恵の吸収に研鑽したいと思います。
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- 2006/09/17日 13:02:20|
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先月から、私の勤務先の広告の文章を全て手がけることになりました。
「こちら側の言いたい事と、患者様の知りたい事はほとんど一致していない」という発言が発端となり、私のメッセージ力が試されている状態です。
考え過ぎると難解になり、考えないとただの説明文に成り下がってしまうのが広告。 そこで私はいくつかの雑誌においてコラムや寄稿という形で意見広告を出しました。
ひとつは視覚的豊かさと心の豊かさの関連について、もうひとつは投資家向け雑誌に自己投資としての美容医療の可能性について私たちの意見を記載したのです。
反応は上々で、マーケットソースが広がった実感があります。
中には興味はあるが懐疑的な患者様もいらっしゃったので、後輩カウンセラーたちでは役者不足となり、事務所と診療所の行き来が増えた月でもありました。
そんな中で「若返り(美しくなり)たいという思いは非常に強いが、人は外見じゃないという感情が邪魔をする」という意見が多く聞かれました。
以前から「キレイになりたいが、そのために親からもらった体に手を入れることに抵抗感がある」という意見は多々ありました。
これらの意見は、日本人なら当然持っている美容医療への大きな壁です。
その意見を否定する材料はないでしょう。
ただ、「だからこそ、美容医療を生活に取り入れてもらいたい」というのが私たちの考えです。
悲しいかな、人間は外見によって人を判断する場合がほとんどです。
これはどんなキレイごとを並べても否定できない事実だと思うのです。
裏を返せば、どんなに気持ちが若くてエネルギッシュな人も、シワが多くてシミだらけであれば、老けて見られたり、疲れて見られたりするという「損害」が発生します。
また、どんなに心が澄んでいる人も外見的ディスアドバンテージを抱えていれば、「ブサイク」のレッテルを貼られてしまうのです。
内面にあった外見を獲得することで正当な社会的評価を得る。
これが美容医療の存在意義です。
無論、その人の個性まで潰してしまうような美しさを提唱する気は一切ありません。
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- 2006/09/09土 23:49:27|
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患者様の希望されている治療をしないクリニック
患者様が要求していない治療を提案するクリニック
そんなクリニックをどう思いますか?
多くの方は否定されるでしょうが、私のサービス魂が導き出した一つのスタイルです。
例えば、ある患者様がヒップの脂肪吸引の相談にいらしたとしましょう。
しかし、気にしているヒップの脂肪はむしろ少なかったとします。
ここで、2つの選択肢があります。
一つは、ドクター診察でドクターにヒップの脂肪吸引の必要はないとハッキリ事実を伝えていただいて、お帰り願う。
もう一つは吸引する脂肪はほとんどないし、変化も感じられないだろうが、本人が望んでいるのだから吸引する。
さて、どちらが正しいのでしょうか?
前者は非常に医業らしい対応だと思います。 しかし、誰も得をしていないのです。 この患者様は悩んでいらっしゃったわけですから、その悩みが解消されていない不満が残り、クリニック側としては貴重な時間に対するプロフィットが生まれていないわけです。
後者は非常にビジネスライクな対応だと思います。 しかし、コンビニエンスストアのサービスに酷似しています。 相手が欲しいモノを単純に売るだけですから。
第3の選択肢こそ序文に挙げたスタイル。 私のサービス魂です。
私ならばヒップの脂肪吸引の必要性がないことをハッキリお伝えします。 この時点でドクターの手を煩わせるのはドクターへのサービス(配慮)が足りないと感じているからです。 その上で、どうして美容外科という選択をしたのかの本音を探求します。
真剣にお尋ねすれば、ほぼ100%の患者様がもっと根源的な悩みを吐露してくださいます。
仮にこの患者様が「もっと細く見られたい」という根源的な悩みを持っていたとしたら、違う視点からの意見と提案をします。
例えば、隆鼻術。 鼻を高くすることと、細く見えることの関連を多くの方は理解できないでしょう。 しかし、顔の中心を走る鼻にメリハリを与えることでシャープな印象になり、スリムな印象になるのです。
これは何百人という患者様と接して、初めて実感できる客観的事実なのです。
こういった経験に基づく客観的事実のストックがプロフェッショナルとアマチュアの大きな差だと思っています。
美容医療に対してアマチュアである患者様にプロフェッショナルとしてのオピニオンを提示する。 残念ながら私はドクターではないので、診察と診断ができません。 ですから経験に基づく意見の提示をしっかりと行って、ドクターに申し送りをするのです。
このたとえ話の患者様は実在します。 彼女は現在、大変喜んでくれています。
ただ、私のやり方が正しいとは思っていません。 第一の選択も、第二の選択も間違いではないですし、それそれに正しい方法だからです。
ですから、時に大いにこのスタイルに対して悩むこともあるのです。
しかし、一見 邪道とされるスタイルですが、結果的に患者様がご納得されて、最終的に喜んでくださるのならば、外野に何を言われようと私には関係ないと自分に言い聞かせています。
なぜなら私の使命は患者様に美容医療という高付加価値医療サービスを提供し、満足してもらうことですから。
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- 2006/09/08金 20:17:19|
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今朝、秋篠宮妃 紀子様が男子を無事にご出産されました。
「
高濃度なY遺伝子の保存」がなされたこともハッピーなことです。
サプライズもれっきとしたサービス魂だと思っているので、ご出産まで性別のリークをさせなかった宮内庁と愛育病院の行き届いた教育は素晴らしいと思います。
労働者のリテラシーが低下している現代ですから、単純な守秘義務契約ではなく、一種の使命感にも似た責任感を関わる全ての人たちが高いレベルで持ち合わせていたのだと思います。
そういう環境には少し嫉妬してしまいます。
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- 2006/09/06水 23:42:55|
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「でも…」「だって…」と否定したがるクセは多くの人が持っています。
ただ、自分の意見を否定されて良い気分になる人は少ないと思います。
きっとこのクセを持つ人だって、持論を否定されれば嫌な気分になるでしょう。
では、このクセは何なのでしょうか?
突き詰めて考えてみたところ、「良く分からないから、とりあえず否定してみたくなる」のではないでしょうか?
良く分からないことは怖いです。 うかつに「はい」なんて言ってしまうととんでもないことになる危険性がありますので、これは一種の防衛反応なのだと思います。
ただ、サービスを提供する側にあって、この防衛反応は身を守ってくれるどころか、結果的に身を滅ぼすことになってしまう危険な言葉のです。
「でも」と「だって」を捨てれば良いのです。
そうは言っても、直らないからクセなんだろうと思うかもしれませんが、「でも」「だって」を捨てるだけなら難しいのですが、「ただ」「だから」という代わりの言葉があれば、案外カンタンに捨てられます。
古いモノを捨てると新しいモノが舞い込んできます。 不思議なもので新しいモノは+αの「ギフト」が必ず付いてきます。
「でも」「だって」を捨てて「ただ」「だから」を使い始めることのギフトは、他人の負力(ネガティブパワー)に振り回されない強さの獲得です。
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- 2006/09/05火 20:38:16|
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中田英寿選手の引退によって、一気にクールダウンしてしまって目を向けていなかったサッカーゲームなのですが、先日のオシム“新”監督のインタビューを観ていて魂が揺さぶられました。
彼は様々なことに言及していましたが、「日本化」というキーワードに私は妙に惹かれました。
サッカーに限らず、「日本化」は必要だと思います。 多くの舞台で日本人選手が外国人選手に見劣りする最大の原因もここにあると思っています。
私が茶道を習った江戸千家の流祖である川上不白が記した「不白筆記」にある言葉に「守・破・離」というものがあります。
武道でも度々挙げられる銘訓なのですが、要はどんな道においても、
まずは師の型と教えを徹底的に守り抜きなさい。
徹底的に守ったら、その型を破って自分の型を徹底的に創造しなさい。
自分の型が徹底的に創造できたら、師の元を離れて独立しなさい。
という「道」を究めるための手順です。
歌舞伎の中村屋勘三郎さんも「守は下手、破は上手、離は名人」や「型破りは型無しにあらず」と言っておられます。
ちょうど本日のK-1 World Maxに出場していた須藤元気選手はレスリング、ビバリーヒルズ柔術クラブという型を徹底的に守った上で「型破り」しているように感じます。
サッカーにおいては過去8年間は「守」だったのではないでしょうか? トルシエ氏とジーコ氏はサッカー先進国の型を教えてくれていたように思います。 ですから次の4年間にオシム監督は「破」の創造を導いてくれる気がしています。 オシム監督の引導の下、どう破り、日本らしい型を想像していくのかが楽しみです。
昨日のエントリーで、ないモノねだりを反省しましたが、恐らくないモノねだりとは「守」より先に「破」を望んでしまうせっかちな「型無し」の考え方なのかもしれないなと更に反省しました。
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- 2006/09/04月 23:11:12|
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現在、私は虫歯治療と平行して審美治療もしています。
この歯科の院長と私の勤める美容外科の院長が幼馴染ということもあって非常に良くしてもらっています。
さて、この歯科は基本的に保険治療の一般歯科なのですが、審美歯科をやっている関係で病院臭さを押さえ、サロン的な構造とサービスを実施しています。
すると私の勤務先にはなくて、この歯科にはあるモノやサービス。 反対に私の勤務先にはあって、この歯科にはないモノやサービスがあります。
毎週、この歯科で受診するたびに「ウチにも導入したいな〜」と思うサービスがあって、仲良くしてくれている歯科衛生士(彼女はウチの患者様だったりします)に聞いたところ、「私はそちらのサービスの方が羨ましいって思ってました」という話になりました。
どうもお互いにないモノねだりをしていたようです。
どちらのサービスも理由があります。 一方は手書きのぬくもりを大切にするが故のサービスで、もう一方は作業の簡素化によって待ち時間をなくすサービス。 どちらも正解で、どちらが良いという話ではなかったのです。
まだまだ修行が足りないなと痛感させられました。
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- 2006/09/03日 22:20:53|
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十分時間も経過したので、小泉首相 最後の靖国参拝について書きたいと思います。
といっても、その是非についてではなく、あくまでサービス魂的視点からのことです。
さて、小泉政権としては最後となった今回の靖国参拝なのですが、思いの他、隣国からのバッシングがありませんでした。
特に支那(Chinaの日本語訳です。日本にとっての中国とは鳥取、島根、岡山、広島、山口だと私は習いました)ではデモの規制まで敷いたとの事。
なぜ最もキケンな、支那抗日戦争勝利紀念日、朝鮮祖国解放記念日(終戦記念日は4月28日と私は習いました)に参拝したにも関わらず、大きな抵抗がなかったのかと言えば、答えは非常に明瞭で「徹底したから」ではないでしょうか。 裏を返せば「これまで中途半端にしていたから」叩かれていたのはないでしょうか。
これはサービスにおいても同様です。 どんなに志向を凝らしたサービスも中途半端になってしまうくらいなら、しない方が30倍良かったりします。
とかくサービスというのはナルシズムに陥りやすい業種で、良かれと思ってやったことが蛇足であったり、ムダになることは多々あります。
ナルシズムに陥る最大の理由は「
相手の気持ちになって考える」ことから始まります。 そもそもする側が、受ける側の気持ちになれるという思い込みが間違いだからです。
これまでの小泉首相による中途半端な参拝が内外から叩かれたのも全く同じ理屈だと思います。
山崎拓氏が郵政民営化のときに小泉首相に向かって言った「やるならやる。やらないならやらない。やらないという選択がないのなら、徹底的にやればよろしい。」という言葉に全ては集約されているのでしょう。
もうひとつ、今回の参拝で小泉首相のサービス魂を見て取ることが出来ます。 それは次期首相へのサービス魂です。
今回、隣国にとっては最悪の日に参拝したことにより、次期首相は何の遠慮もなく8/15に参拝できるようになったからです。
おそらく次期首相は
安倍晋三氏に決まるでしょう。
安倍氏は古くは従軍慰安婦問題をはじめ、支那残留孤児問題、靖国参拝問題、所謂A級戦犯問題、北朝鮮拉致問題など隣国との諸問題に真っ向から取り組み、批判の矢面に立ちますが、首相になった暁には隣国の指導者たちにガチャガチャ言われても議論せずに「あぁ、そう」と流してもらいたいです。 問題でない事象に対して正しいことを主張せねばと議論を始めてしまえば、その時点で問題になってしまいます。 そもそも問題でない事象を問題提議する者の目的は「問題でない事象を問題化して駄々をこねる」ことで、解決など望んでいないのです(現に韓国内では「A級戦犯が分祀ても参拝はとうてい容認できず、問題解決とはならないとの考えを韓国政府内部で確認した」そうですし、支那も胡錦濤国家主席が「日本に対しては歴史問題を永遠に言い続けなければならない」という江沢民の言葉の再確認を行ったそうです)。
これはクレームも同じことです。 美容外科におけるクレームのほとんどは、本当のクレームではなく、患者様が引っ込みがつかなくなってしまったが故に問題化した「些細なすれ違い」です。
ダメなドクターほど、詰問して患者様の責任に仕立て上げようとしますが、本来は不安要素をしっかり聞き入れて、対処方法を一緒に考えることで解消されるのです。
そもそもデメリットや術後の経過について十分な説明と、それに対する理解を得ていれば、些細なすれ違いすら発生しないものです。
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PS. 靖国神社参拝について議論をするつもりはないので、以下にグローバルスタンダードなコメントを掲載しておきます。
【“小泉首相のサービス魂”の続きを読む】
- 2006/08/27日 12:05:30|
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カルトと聞くとオウム真理教や統一教会、パナウェーブ研究所などが思いつくと思いますが、実はカルトは身近なところにもあるのです。
私は時折ビジネス系のセミナーに参加するのですが、そういったビジネスセミナーの中にもカルトは存在します。
先日、以前に資料請求したことがあるセミナー主催会社から電話があったのですが、完全にカルトでした。 この会社はセミナー主催会社のパイオニアなのですが、とにかく「人生の成功者になるためには私どものプログラムしかないのです!!」という姿勢なのです。
自分の扱っている商品に惚れ込んでいることは素晴らしいことだと思います。 何の目的意識も持てずに、ただ食いぶちのためだけに働いている人に比べたら、充実した人生を送っていると思うのです。
ただ、惚れ込み過ぎて「盲信」してしまうと、違う価値観を許容できない狭い心になってしまいます。 そして狭い心は必ず人を傷つけるのです。
私の従事する美容医療は確かに美容目的で健常な体に傷をつける医療です。 しかし、そうすることで心の傷を癒してあげることができる医療だと思っています。
肉体を傷つけないことで心の傷を少しずつ確実に広げていくことと、肉体に数ミリの傷をつけることで心の傷を解消すること。
どちらが正しいのかは私には分かりません。 どちらが正しいかは患者様が決めることだと思っているからです。
ただ、私は非常にアツくなりやすい性格なので、時折こんなことを思い起こして自分の信じる価値観のゴリ押しになっていないかどうかを冷静に鑑みる必要性を感じています。
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- 2006/08/25金 23:15:18|
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↓のエントリーで参考にさせていただいた板倉雄一郎さんの著書です。
かなりの名著です。
- 2006/08/21月 01:44:43|
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それにしても暑いです。 私の伴侶がクーラー苦手症候群なので、帰宅後は夕食を摂ったあと水風呂に浸かって読書するのが最近のブームになってしまい、ブログから遠ざかってしまいました。
さて、甲子園です。 今日の決勝戦は名勝負でした。 しかし、この夏大会で私の魂を揺さぶったのは早実の斉藤選手でもなく、駒大苫小牧の田中選手でもなく、準決勝で散ってしまった鹿児島工高のナインです。
私の伴侶が鹿児島出身というひいきを差し引いてもスゴいチームでした。
何がスゴいかというと
1.スポーツ特待生はもちろんスポーツ優待生すらいない
2.スタープレーヤーがいない
3.ムードメーカーがいる。
4.ベスト4
の4点です。
これを企業に例えてみると、従業員全員が地元採用で平均的賃金雇用で、やり手営業マンがいないがムードメーカーはいるマーケットシェア第4位という優良企業となります。
最近、日本人の金銭感覚を研ぎ澄ますという活動をされていらっしゃる
板倉雄一郎さんの著書に触発されて価値と価格についてあれこれ思い巡らせるのですが、その点で鹿児島工高は良いモデルケースを見せ付けてくれたのです。

年商30億円で人件費を含めた経費が15億円にも昇り、カリスマ従業員のいるマーケットシェア2位以上の企業と、年商15億円だけど経費が5億円でカリスマ従業員はいないが底抜けに明るいリーダーはいるマーケットシェア4位以上の企業とではどちらが良い企業でしょうか?
私が一緒に働きたいのは後者です。
なぜなら出費(経費)のリターン(年商)が、前者が2倍なのに対して後者は3倍だからです。
そしてカリスマ従業員がいないということは個人のポテンシャルに依存していない企業ということになるので安定性が高く、底抜けに明るいリーダーがいるということは従業員が楽しく働いているからです。
平凡な経営者(球団)は優れた人材(選手)を渇望し、非凡な経営者(球団)は優れた職場環境(チームワーク)を模索する。
平凡な社会人(選手)は優れた所属組織(チーム)を渇望し、非凡な社会人(選手)は優れた牽引力(身体能力)を模索する。
これは私が社会人になったときに実感したことなのですが、甲子園はこの10年前に私が実感したことを思い出させてくれました。
願わくば、駒大苫小牧の田中選手には新庄選手の穴を埋めるべく北海道ファイターズに入団してもらいたいです。
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- 2006/08/20日 23:52:51|
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昨日のエントリーでバフェット氏の言葉を引用したので、サービス魂からかけ離れますが、株のお話しです。
ただ、私個人の考えとしては これもサービス魂の一環なのです。
私はデイトレをしません。 持っている株のほとんどが今の職(美容・医療・薬品・バイオ・アンチエイジング)に繋がる銘柄です。
私は美容外科というドメインを通じて、一人でも多くの幸せを排出することを使命と考えています。 ですから、
日経新聞も
ワールドビジネスサテライトも今の業務に応用できないかと考えながら見ています。
そうすると再生医療の研究に出資しているベンチャーキャピタルなどが必然的に目に留まります。
どんな会社なんだろう。 どういう研究をしているんだろう。 その技術は本当に社会に価値あるものなんだろうか。 と思案して、魅力的な存在であれば、当然 応援したくなってくるので、お小遣いの範囲で投資するのです。
株を持っているということは民事上、社員ということになります。
しばらくして、私が社員である企業が研究成果を発表したり、新しいサービスを始めたりするとウキウキしますし、それをまた今の業務にフィードバックします。 それだけです。 長い銘柄だと10年も持ち続けています。
ただ、そうやって特定の企業の株を持ち続けることで、当事者意識を常にキープでき、比較的早い段階で業界の動向を知ることが出来ますので、一挙両得なのです。
ウォーレン・バフェット氏の言葉で私が非常に共感した言葉
「貧しい人は今日の幸せのために今日活動をするが、豊かな人は今日の幸せは過去の活動の賜物と知っていて、未来の幸せのために今日活動する。」
を株というツールを使って体感しているのです。
ある事象に対して、当事者意識を持って見守ることが投資なら、投資とはサービス魂と言い換えることが出来ると思っています。
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- 2006/07/29土 00:07:41|
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言葉の重要性はこれまでも何回も書いてきたのですが、使い分けが難しい場合もあります。 そんな時に漢字で考えてみるとなかなか味わい深いことが多々あります。
例えば、参加と参画。 参加は参(まい)り加(くわ)わると言う意味で、参画は参(まい)り画(えが)くことだと説明した後に「本日のミーティングは全員参画」と指示書に記しておくと全員が何かしらの用意をしてミーティングに参画してくれます。
同じような効果を期待して仕事に代わって志事、支事という造語を作って、仲間のモチベーション維持に活用しています。
漢字で伝わりにくい時には英語に直してみるのも面白い試みです。
タイトルにある「投資と投機」を英語にすると「Investment&Speculation」となります。
InvestmentはInvestの名詞でSpeculationはSpeculateの名詞です。
Investの原意は「見守る・伸ばす」です。
Speculateの原意は「山をはる・憶測する」です。
こう考えると
ウォーレン・バフェット氏が、株の短期取引で収益を上げる人がインベスターと名乗るたびに社名変更したくなるという意味が分かってきます。
私は後輩カウンセラーたちに「患者様に美容外科術は幸せへの自己投資なんだと気づかせてあげることがカウンセラーの仕事です。」と毎日言って聞かせています。
資金を投げうって、幸せの可能性を伸ばすのが美容外科術の本質だと認識すると、患者様の投資を支える事(支事)に高い誇りを持って志事に取り組むことが可能になります。
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- 2006/07/27木 23:26:50|
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同じ組織の中で働く仲間にも各々の役回りがあります。
私の所属する美容外科では
ドクターセクション(医師部)
ナースセクション(看護部)
レセプションセクション(受付部)
オフィサーセクション(管理部)
アカウンティングセクション(経理部)
クラークセクション(庶務部)
デザインセクション(制作部)
と7つの役回りがあります。
現状でどの役回りも必要不可欠で、業務を遂行していく上で全員の力が必要となります。
しかしながら、各セクションが各々の役回りのみにしかフォーカスできないとシナジーが生まれず、ただの烏合の衆と化してしまいます。
例えば、レセプションセクションの出勤者全員が電話応対をしている最中に新たな電話が鳴っているのにナースセクションが「自分の仕事はナースだし、電話の出かたなんか分からないから」と鳴りっぱなしにしてはマイナス効果しか生まれてきません。
この場合のマイナスとは鳴っている電話の機会損失だけではありません。
レセプションが今の電話に集中できないという焦燥感
ヘルプしてもらえない孤独感
非協力的な仲間への不信感
ナース部の罪悪感と後悔
など多岐に渡ります。
勤務時間における自分のパーソナルスペースを組織単位で捉えるか、自分という個人単位で捉えるかで、行動は変わります。
勤務時間中における自分の存在意義は、身を置いている組織の存在意義と同列だと思います。
自分の存在する組織が社会にとって価値あるものでなければ、勤務中の自分の価値もなくなってしまうと思うのです。
電話の出かたが下手糞でも良い、鳴っている電話の主に不信感を与えてしまっては自分自身も疑われてしまうとまで掘り下げて考える必要はありませんが、鳴っている電話を無視できないモラリティーくらいは持ち合わせておくべきだと考えます。
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- 2006/07/26水 00:10:36|
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もし、トヨタの車を買いに行って、担当営業マンがマツダに乗っていたら どうしますか?
もしくは、自動車は環境破壊に繋がるからと自転車愛好家だったら どうしますか?
私だったら店長を呼んで、即日解雇すべきだと3時間掛けてでも説得します。
実際のところ豊田を売っている人は間違いなくトヨタに乗っているでしょうし、日産を売っている人は日産に乗っています。
そんなことは売り手の必要最低条件だと思うのですが、美容外科ではそういう常識が判っていない人が非常に多いのです。
私が以前、勤務していた美容外科では驚くべきことにリーダーが美容整形否定派でした。 整形なんてするのは気にし過ぎなんだよと公言してはばかりませんでしたし、経営者も「白でも黒でもネズミを獲る猫は良い猫」とばかりに沈黙していました。
しかしながら、ネットの普及によって消費者たる見込み患者様は非常に賢くなっています。
美容外科医の中には自身のブログにおいて素人がおかしな知識をつけ始めているので、迷惑だと厚顔無恥なことを書き連ねる輩もいますが、私としては、この傾向は非常に好ましいことです。
なぜなら、消費者たる患者様が賢くなればなるほどズルをしている美容外科は淘汰されていくからです。
ズルが出来なくなれば、より真剣味の強いところが生き残れるようになるのです。
この場合の真剣味とは自分の身近な人に胸を張って紹介できるかどうかです。
過去のエントリーにも書きましたが、やましいと思っていたら、思っていること自体が罪悪であり、ズルなのだと思います。
もし、美容外科術を受けたいと考えていて、たまたまここを訪れた方にお願いです。
カウンセリングに行った際には接する全てのキャストに尋ねてください。「もちろん、あなたもやってるんですよね?」と。
やっている、もしくはやりたいと言わないキャストがいたら、迷わず退出してください。 キャストがファンでない美容外科がまともな術を行えるはずがありません。
これはどんな業種でも言えることで、パロマの取締役の自宅の給湯器はリンレイだったことが良い実例です。
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- 2006/07/25火 00:09:17|
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仕事をしていて、がっくりくる時とはどんな時でしょうか?
多くの場合、モチベーションをスポイルする人物が原因となっている場合が多いと思います。
私は、必要最低条件の知識を持ち合わせていない(または必要最低条件の知識を得ようとしない)人が苦手です。
決して口には出しませんが、そういう人を「おバカさん」と呼んでいます。
口惜しいのは、そのおバカさんが、おバカさんだと確信が持てる頃というのはプロジェクトがかなりコアに迫っている頃なのです。
コアに迫れば迫るほど、おバカさんの知識不足が他の仲間の足を引っ張るようになり、モチベーションを削ぐのです。
そんな経験を何回か繰り返した中で、プロジェクト始動前におバカさんか否かを判別する方法を発見しました。
それは「ちょっとバカにしてみる」という荒業です。
ちょっとバカにしてみた結果、バカのふりができる人はおバカさんではありません。
逆にムキになってバカのふりを拒絶する人がおバカさんです。
コントで日本人コメディアンは黒人のふりも出来ますし、白人のふりも出来ますが、日本人のふりは出来ません。 日本人に日本人のふりは出来ないのです。
同様におバカさんじゃない人はバカのふりが出来ますが、バカじゃないふりは出来ませんし、おバカさんはバカじゃないふりは出来ても、バカのふりは出来ないという理屈です。
これから一緒にプロジェクトを遂行していこうという仲間をバカにするのは荒業ですし、正直、苦痛を伴います。
ただ、この一瞬の苦痛をおざなりにしてしまうと、長期的な苦痛を味わわなければならない状況になってしまいます。
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- 2006/07/24月 00:14:56|
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「佐藤が
無責任な約束をしてしまい、ご迷惑をおかけしました。」
取り組み先の担当者:佐藤(仮名)さんの上司から言われた言葉です。
佐藤さんは私が広報を担当することになった折に「美容外科に対する認識を変えたい」という私のコンセプトにいち早く賛同してくれた担当者です。
昨今の美容外科広告は小奇麗過ぎてあくびが出てしまうものが多いので、魂を揺さぶるまでのインパクトはありません。
そこに風穴を空け、美容外科に対する無意味な抵抗感を減少させ、もっと身近に考えてもらいたいというのが私のコンセプトです。
佐藤さんを始め、全ての取り組み先担当者に頼んでいたのは「1000人の魂を揺さぶって、内800人は他美容外科に分散しても良いから、200人はリターンしてくれる広告を作るための他業種とのコラボ企画」でした。
大抵の営業担当は保身のため「上司に聞いてみないと・・・」「上に相談させてください」という小奇麗な反応しか出来ません。
そんな中、佐藤さんだけが「それは素晴らしいコンセプトですね! 是非ボクにやらせてください。 ゼッタイに実現しましょう!!」と大風呂敷を広げてくれました。
いち営業担当者が決められることなんて、たかが知れています。 そんなことは百も承知で投げかけた依頼です。
彼らに真剣に取り組んでもらうための布石の意味もありました。
佐藤さんは自分が担当する他業種に体当たりで私のコンセプトを説明して回ったらしく、中には迷惑な思いをした方々もいらしたようで、クレームがクリニックの方に入ってきたのです。
それに対して佐藤さんの上司から謝罪があったわけです。
佐藤さんのやり方は良くなかったかもしれませんが、正直「若気の至り」で許される範囲だと思っています。 まして空回りのない情熱などあるはずもないのです。
佐藤さんの上司は「佐藤は御社の担当から降ろして、今後は私が直接担当させていただきます。」と申し出てくれましたが断りました。
出来そうもないことを「やります」と約束してしまうことは無責任だとは思いません。 むしろ失敗して反省して、仕事の精度を上げてもらった方がお互いに幸せです。
後日、佐藤さんが改めて謝罪に訪れたので、「悪いことをしたと思ってるの?」と尋ねたところ「自分なりに一所懸命やっただけです。」との返答があったので「だったら謝る必要はない」と菓子折りをつき返しました。
その代わり、迷惑な思いをさせてしまった取り組み先のほうに「先日は嫌な思いをさせてしまって申し訳ありませんでした。 ただ、私は素晴しい広告のためなら何でもします。 私に素晴らしい広告を出させてください。」と言って来なさいと助言しました。
失敗を嫌がって無難な仕事をこなすおりこうさんよりも、失敗を嫌がらずに猪突猛進するおばかさんの方が、責任感は強いのではないでしょうか。
ただ、さらに上を行く者もいます。 失敗せずに目的達成を最速でする人です。
そういう担当者はこんな感じです。
「明後日、編集長を連れて参りますので、今のお話をもう一度お聞かせ願えませんでしょうか?」と
期限を切って約束し、私から説明させて「来月号でやりましょう」と編集長に言わせた別誌の担当者Iさんです。
回りくどいプロセスを一気に解消して、実現させる術を知っているクールな人です。
基本的に私はアツいので、よく火傷してしまうのですが、彼女のようなクールな人と月一でミーティングできるのは案外 幸せなことです。
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- 2006/07/23日 23:58:55|
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先週、終業後に隣町で友人が経営するバーに行きました。
彼は前職のときの後輩で、かなり気持ちの良い男前です。
そんな彼が3ヶ月前に夢だった独立を果たしたのですが、忙しさにかまけて一回も顔を出していなかった上、仕事のことで頭も煮詰まっていたので、終業後 電車に1時間以上も揺られて逢いに行きました。
久しぶりに逢った彼は相変わらず、気持ちの良い男前で、ニコニコしながら出迎えてくれました。
独立に必要なのは「覚悟」だと思います。 私は臆病すぎてその覚悟を決められませんでしたが、彼は覚悟を決めたのです。
覚悟を決めた人間は成長の速度が加速するのでしょう。 独立後わずか3ヶ月で彼からにじみ出る
オーラは完全な経営者のそれでした。
彼は年長の私を気遣って、いつも後輩口調なのですが、その口から発せられる言葉には覚悟を決めた者だけが発せられるスゴ味が増していました。
私は日常的に「経営者のつもりで働いて」いますが、「経営者として働いて」いる彼からはいっぱい勉強させてもらいました。
彼から聞いたエピソード
「店出したら、ゼッタイ行くよ」と仲良くしていた人ほど来てくれない事実(先週までは私もその中の一人でした…)。 勤めていた時にはそれほど仲良くなかった人ほど頻繁に高いお酒を入れてくれて、紹介もしてくれる。
このエピソードは、恐らく独立した人全員が体験する現象だと思うのですが、どうしてそうなるのかはさっぱり判らない不思議な現象です。
ただ、見ている人はちゃんと見てくれているという事実が後者の現象とつながっているのでしょう。
ここから学べるのは、お客は2種類いるということです。 同じ商品を購入する際に「場所で買う」人と「人で買う」人です。
サービスを生業としているという点で、彼と私が目指すべきはいかに多くの後者(私から買う人)の心を射止めるかなのだと思います。
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- 2006/07/22土 12:40:19|
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今月は非常に充実した時間をすごしています。
充実しすぎて、帰宅するとすぐに眠ってしまう日が続きました。
というのも、今月は私にとって仕事の決算月だったのです。
目的達成に必要なことは期限を決めることだと信じて疑いません。
私の中での区切りは3ヶ月です。 1年を4分割してプロジェクトを構成するようにしています。
実は私が広報に移籍して今月で3ヶ月なので、区切りとしての結果を出さなければならず、その意味で決算月というわけです。
この3ヶ月で手がけたのは、雑誌広告の根本的な見直し、新規広告媒体の発掘、ホームページの完全リニューアル、前例のない広告の作成でした。
正直、密度としてはかなりのオーバーワークだったのですが、このオーバーワークから生み出されたきっかけを次の3ヶ月で磨き込もうと考えているので、足場固めとしてはこのくらいやっておかないとレスポンスが得られないと考えていたので、苦ではありませんでした。
次に今月と同じくらい充実過ぎる時間をすごすのは11月なので、今は肩の荷が下りたというか、少し気が抜けたような気分です。
明日から、この濃密な数週間で私が学んだことをシェアしたいと思います。
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- 2006/07/21金 23:58:15|
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今日は広告を出稿しているAという出版社の方々と会食をさせていただきました。
やはり明確な目的意識を持って取り組んでくれる取り組み先との会話はエネルギーをいただけます。
話していると次から次へと様々なアイディアが生まれ、各々の経験に基づく思想を交流させられるというのは、非常に楽しい時間です。
そのブレスト状態の中で、同じ価値観を発見できると「この人達ともっと面白いことをやりたい」と感じてしまいます。
目下、私の目標は患者様も、取り組み先も、我々も、みんなが同じフラットな視点で対等であるという関係を構築することです。
とある別の出版社はクライアントである我々におべっかまがいの記事広告を書きます。 必要以上に我々側を持ち上げた内容なので、我々としては悪い気はしません。 むしろ、ちょっと嬉しかったりもします。
しかし、この記事を見た読者(潜在的な患者様)は恐らく辟易するでしょう。 媚びたような内容は鼻に衝くからです。
この出版社はこの出版社なりに、広告料を払っている我々喜ばせようとしているのだと思うのですが、読者を喜ばせていないのです。
読者が喜ばないということは、広告を出稿した我々の目的とは合致していないのです。
こういう「木を見て森を見ない」業者というのは結構多く存在します。
今日の会食相手であるAの編集長はこのあたりで苦悩しています。
苦しみながら悩みながら、それでも前進することをやめない彼の姿勢は非常に好ましく映りました。
彼が「ある読者から電話をもらって、ウチの記事に感激したからもう一部欲しいって言うんですよ。 しかもその記事の対面の広告が時計の広告だったんですけど、その方が時計好きで、今度その時計を買いに行くつもりなんだ言ってくれたんです。」と嬉しそうに話すのです。
そんな彼だからこそ、私はひとつのとんでもない頼みをし、彼もそれを飲んでくれました。
ですから、今日 彼からひとつ頼みごとをされたのですが、嫌なふりしながら腹の中では協力する気満々になれたのです。
彼らと私たちは「情報の受け手に媚びず、かといってふんぞり返らず、受け手と発し手がフェアな関係を構築したい」という価値観が合致しています。
あとは、どうやってこの私たちの荒ぶる魂を表現し、受け手の魂を揺さぶれるかです。
きっと私たちが情熱的であり続けられれば、この熱は紙面を抜けて読み手の体温を上げられるのだと信じています。
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- 2006/07/08土 00:07:08|
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広報という仕事柄、取り組み先となる出版社のイベントなどに協力することが多々あります。
本日も、とある広告媒体の特集企画の頭数合わせに協力しました。
このブログでも何度か触れているように、私は自ら率先して協力することで、相手にも協力してもらえると確信しているので、協力を惜しみません。
近日中にも、とある出版社が企画したイベントに参加する予定なのですが、この企画のコアは「ドレスを買ってはみたものの、着ていく場所がない」という女性にドレスを着るオポチュニティーを提供するという趣旨です。
せっかく美意識の高い女性が多く集まるオポチュニティーなので、参加するついでに美容外科への認識を変える活動をしようと思っています。
就労時間中に中座しなければならず、また参加費用を経費としてあげるために企画書を経営者に提出したところ「キミはカウンセリングもそうだけど、営業活動もなんだか布教活動に近いね。」と言われました。
実は私のプレゼンテーションは布教活動を参考に組み立てています。
大学在学中は心理学専攻ということで、宗教学も必修科目になっていました。
私はクラスで唯一の日本人だったので、あえて日本仏教についてのレポートを書いたのですが、日本仏教の布教活動には大きく分けて2つの手法があります。
ひとつは有名な「折伏(しゃくぶく)」で、自分が正義だと考える布教活動を能動的に行う手法です。
もうひとつは「摂受(しょうじゅ)」で、新しい価値観に対する理解を求める受動的な布教です。
厳密には違いますが、前者を旧価値を否定し、積極的に新たな価値を促す手法、後者を旧価値と新たな価値との折り合いをつけてもらう手法と捉えてもらえば分かりやすいでしょう。
一般的な営業活動は前者に近く、ちょっと恐怖心などもあおりながら今のままでは損をするというようなプレゼンをします。
私の活動は後者に近く、今の持ち味をより生かすために新たな価値という付加価値を提案(プロポーズ)します。
美容外科は摂受のようなスタイルがあっていると思っているので、意識してそうしています。
誰だって自分の肉体的欠点を指摘されるより、チャームポイントをより生かすための微調整の方が受け入れやすいと思っているからです。
例えば、二重の手術を希望する患者様に「あなたは目と目が離れているから鼻筋を通した方が良い」と指摘されるより「あなたの目は大きな魅力だから、その魅力をもっと際立たせるために鼻筋を通すことも考えてみませんか」と提案された方が気分が良いはずです。
もちろん、魅力的な目を持っていない患者様にそんなことは言いません。 それを言ってしまってはウソつきになってしまいます。
私が自分の活動を布教活動をモチーフにしている理由はもう一つあります。
それはMISSIONという言葉と密接に関係しています。
ミッションというと使命と訳されることが多いと思いますが、カソリック系の学校を別名ミッションスクールと呼びます。
MISSIONの原義は「布教活動」なのです。
私の目下の使命は、美容外科という医療サービスへの理解を一人でも多くの女性に伝道することです。
まさにミッションというわけです。
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- 2006/07/04火 00:10:45|
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先日、
給料は経営者が払っているのではなく、お客様(患者様)が払っていると力説したのですが、どうも今の日本はこの当たり前がまだ通用しない場合があるようです。
特に個人事業主や合弁会社など無限責任の使用者は資本投下と責任追及というリスクをとっている分、雇用者を半ば召使のように使いたい衝動が抑えられない人が多いそうです。
もし、不幸にしてそんな使用者の元で雇用されていて、明朝辞表を叩きつけられないのであれば、自らの考え方を変えることでムダな愚痴をこぼさなくて良くなります。
ハード(会社または経営者)が変わらないのであれば、ソフト(自分)のヴァージョンアップをするということです。
この考え方の最大のメリットは、自らがヴァージョンアップすることで、最新OS(システムまたは環境)を導入しているハード(会社または経営者)にインストール(転職)できる可能性が上がることです。
どんな考え方かというと、勝手に自分の中で会社を運営するのです。
過去に英会話スクールの業務委託個人事業主だった頃から習慣づいている考え方なのですが、自分という人材を使用者に派遣している人材派遣会社を脳内で設立するのです。
この効果は非常に高く、従業員の視点と経営者の視点を両方持つことが可能になるのです。
人材派遣会社の経営者として、派遣先はどんな人材を求めているのか、どんなニーズがあるのかを客観的に分析できるようになります。
加えて、ヴァーチャルではあるものの一応経営者なので収益(給与)から、財形貯蓄や資金の分配、教育投資、経費額まで綿密に計算するという会計感覚も養えます。
そして最大の恩恵は、この考え方を導入する前はシャチョーだった人物が(派遣先という)クライアントになることです。
注意しなければならないことは、オママゴトにしてはいけないということです。
人材派遣会社の経営者のつもりで働くだけではオママゴトなのです。
ちゃんと貸借対照表や出納帳などの帳簿を買ってきて、毎日のレシートを保管して、年末調整も自分で行わなければなりません。
そこまで
徹底すると、会社勤務の兼業個人事業主として年末に還付される額が増えるのです。
1年間この習慣を続けると、人材という商品としての自分をより良い商品にするべく、様々な自己投資を惜しみなくできるようになります。
惜しみない投資をされた商品は人材から人財へとシフトアップします。
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- 2006/06/25日 00:15:01|
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ちょっとタイムラグがありますが、サッカーワールドカップを見ていて、やっぱり中田選手はスゴいなとシミジミ思いました。
これまでも
荒川静香選手や
鈴木イチロー選手、
新庄剛選手、変わったところでは
青田典子さんをエントリーのトピックとして書いてきましたが、特にスポーツ選手から学ばせてもらうことは多々あります。
中田選手はあの語学習得の早さなどからも頭脳のキレがある人だと感じていましたが、ブラジル戦後のコメントを聞くと、恐らくビジネスの世界でも一流になってたのだろうと容易に想像できます。
中田選手が発した言葉は
「(実力を)最大限発揮できたかどうかというよりも、現時点での結果が今の僕らの実力なんだと思います。」
なんと謙虚で真実を含んだ言葉でしょう。
私が過去に勤務していたエステティックサロンのマネージャーは酔っ払うと「私は月に最高1500万円の売上を達成したことがあるのよ!!」と息巻いていました。
過去の栄光を誇示したり、ラッキーな結果を自分の実力だと錯覚するようになったら人間おしまいです。
彼女のこの発言を聞くにつけて、天邪鬼な私は平均こそが真の実力だと考えるようにしていました。
「あの時こうしてたら…」「あっちの方法でやってれば…」と嘆いて見せるのは負け犬の遠吠えと同じです。
また、平均が実力だと考えていると、ラッキーな結果を得た際に「ラッキーだった。 みんなのお陰だ。」と心から思えました。
不思議なもので、ラッキーをラッキーだと認識すればするほど、ラッキーの連鎖は起きるのです。
おそらく、ラッキーを計画的に呼び込むことが出来るようになったら「一流」なのだと思います。
その意味においても、ブラジル代表は「一流」です。
ラッキーを当然化しているから、彼らの試合には奇跡の連続が起こるのでしょう。
きっと中田選手の言葉にもこの意味が含まれており、ラッキーを計画的に呼び込めなかったからこそ、フィールドで天を見上げながら涙したのだと勝手に思っています。
「運も実力のうち」という言葉の真意はここにあるのではないでしょうか。
ちなみにスポーツ観戦好きの方なら納得してもらえると思いますが、「一流」と呼ばれる選手ほど信仰心が非常に高いです。
ラッキーを当然化しているから一流で、一流だから奇跡が必然的に起き、奇跡を常に目の当たりにしているから感謝の念を常套でき、感謝の対象が信仰なのだと思います。
思うに、「一流」の条件にひとつに「感謝の心」と「信じる力」があるのではないでしょうか。
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- 2006/06/24土 12:20:07|
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本日は朝から熱い仕事をしました。
とある広告媒体の編集長と打ち合わせをしたのです。
この媒体は比較的若い層をターゲットに絞っていて、正直 私の勤める美容外科にとっては対費用効果が低く、経営者の頭を悩ませていました。
ただ、経営者とこの媒体の代表取締役が旧知の仲で、推測ですがお互いに「義理」で
取り引きを続けてきたのだと思います。
こちら側としては「効果は出てないけど、経営者の友達だから仕方ないか」という姿勢で、あちら側としては「集客力がないと文句を言われるけど、社長の友達だから我慢するか」というような気持ちが少なからずあると感じていました。
発信元がそんな締りのない広告に人の感情を揺さぶる力などあるわけもなく、悪循環にはまっていたように思います。
ですから、編集長と直接話したかったのです。
私はどんな相手とも取り引きをしません。 取っては引かれ、取られては引く関係を望んでいないからです。
私が望むのは、同じ志に向かって
取り組んでくれるパートナーです。
パートナーとの間に腹の探りあいは必要ないはずです。
ですから腹を割って話しました。
私が広告を出すに当たって志しているもの。 それは業界の活性化です。
同業を出し抜くと言う卑しい考えを持ち合わせたくないのです。
ですから、私のコンセプトを熱く語らせてもらいました。
私のコンセプトは「美容外科という選択肢に、躊躇している全ての女性の魂を揺さぶる。」
かなり大雑把ですが、かなり本気です。
私が打ちたてたコンセプトを的確に具現化し、1000人の魂を揺さぶることが出来たとして、私の勤務先に200人ご来院いただければ、十分なのです。 残りの800人は別の美容外科に分散してくれて良いのです。
それが業界を活性化するということです。
これを実現するために、とんでもない企画を叩きつけてみました。
最初は広告を出している別の美容外科に対して負い目を追いたくないというようなことを言っていたのですが、業界を活性化するというコンセプトに賛同できないような器のちっちゃい美容外科なんか切り捨てなさいと叱咤したところ、私の熱が伝播したようで、快く同意してもらえました。
最後には「一緒に盛り立てて行きましょう!!」と言ってもらえました。
不確かな100%や人を不幸にした結果に生まれる100%より、利他主義の結果に得られる確実な20%の方が実は総額は大きいんじゃないかと思っているので、それをこの手で実感したいと思います。
退社前、この媒体出版社から電話がありました。
「取締役が是非、今後の企画の話も交えてお食事をご一緒したいと申しております。」
熱は確実に伝播するのです。 熱源が熱ければ熱いほどに。
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- 2006/06/23金 22:37:51|
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「しごと」と言えば、大抵の方は「仕事」を思い浮かべると思います。
へそまがりな方なら「私事」と答えるかもしれません。
「仕事」と「私事」、同音異句でも相反する意味だとなかなか味わい深いものがあります。
さて、「仕事」とは「仕える事」です。
昭和中期の会社組織であれば、仕えるべきはシャチョーさんです。
サービスと言う観点で言えば、今でも仕えるべき対象は存在します。
お客様です。 美容外科に勤める私のとっては患者様のみが仕えるべき対象です。
しかし、サービスが正しく価値として認識されるべき近い未来において、仕えるべき対象は存在しなくなります。
断言するのは尚早かもしれませんが、少なくとも私は今現在、仕えるべき対象を持っていません。
何故なら、私は「仕事」をしてないからです。
無論、「私事」に終始しているわけではありません。
私がしているのは「志事」です。
「志事」とは読んで字の如く、志す事です。
私は美容外科と言うドメインを通じて共栄を志しています。
患者様に、経営者にも、上司も、先輩、同輩、後輩、取り組み先、私に関わる全ての人が豊かに栄えることを至上の目的として活動することが「志事」です。
ずいぶん大それたことを言うと思われるかもしれませんが、志すのは自由だと思うので、大目に見てください。
私は私が接する患者様全員に、美しくなることや若返ることで幸せになってもらいたいと願っています。
経営者をはじめ、上司、先輩、同輩、後輩という仲間全員に仕事を通じて豊かになってもらいたいと願っています。
取り組み先も、一緒に取り組むことから何かを得てもらいたいと願っています。
このスタンスを
徹底することで患者様から幸せにしてもらい、仲間から豊かにしてもらい、取り組み先から何かを学ばせてもらうのです。
ですから私には仕えるべき対象はなく、
Give&Givenのパートナーしかいないと考えています。
パートナーとは日本語で同志と訳されます。
「同志」とは、同じ志を持つ者です。
最近では「支事」、つまり支える事も「しごと」のひとつとして意識しなければならないなと感じています。
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- 2006/06/19月 01:25:31|
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昨日、たまたま「
アテンションプリーズ」というドラマを初めて観ました。
主人公が実習として稼動している旅客機に搭乗し、一所懸命に乗客に対してサービスを行うのですが、その結果を教官は「サービスを全く分かっていない」とこき下ろしました。
サービス業というのは非常に難しいところがあります。
それはどんなに優れた商品を扱っていたとしても、トラブルが起きないということはあり得ないため、瞬間瞬間の臨機応変さが求められるからです。
最初は、誰もが責任転嫁に近い自己弁解の気持ちを払拭できないが故に、トラブルに遭遇すると先輩や上司に依存しようと右往左往してしまいます。
それが、ある程度までサービスの心得のようなものを習得すると臨機応変な対応が出来るようになり、この自信が知らず知らずにマスターベイションになってしまう場合があります。
昨晩観たドラマの趣旨もまさしくその点でした。
主人公は一人の乗客に気を取られて、不公平なサービスをその一人に向けてのに続けてしまいます。
特別待遇された乗客はホクホク顔ですが、そのために犠牲となってしまった乗客は不愉快極まりない思いをしてしまいます。
しかし、主人公はホクホク顔の乗客しか見ていないので達成感いっぱいで有頂天になっていました。
サービス業でつまづいてしまうのは、この瞬間です。
「あんなに喜んでくれたのに、なんで怒られなきゃいけないのか?」
で止まったまま「私の能力を正当に評価してくれない」と旅立ってしまう者は非常に多かったりします。
主人公は「良かれと思ってやったのに…」の後に、素晴らしい上司によって自らの過ちに気づかされます。
「あなた、今日の乗客全員の顔を覚えてる?」
この言葉で主人公は同じ権利を有した乗客をないがしろにして、アンフェアなサービスを行って自己満足に終始していた現実を直視できます。
サービスとは、全てのお客様に対して特別扱いして差し上げることです。
私個人としては、たったワンフレーズで自らの過ちに気づかせられる指導係でありたいと思います。
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- 2006/06/15木 23:54:50|
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組織の繁栄は組織を構成する者個人個人の繁栄の反映である。
スティーブン・R・コビー氏の言葉です。
正直、組織の繁栄を自己の反映より先に望むことは、どんなサービス魂を以ってしても考え難いことですから、真実だと思います。
では自己の繁栄を望むために何が出来るか、考えてみました。
最も簡単な方法は純粋な悪党になることだと思います。
他者に損をさせ、組織を欺き、倫理に反し、犯罪をもいとわなければ、一生使い切れない金銭を得ることが可能だと思います。
前回のエントリーにも書きましたが、振り込め詐欺がこの代表格と考えても良いでしょう。
ただ、必要最低条件は徹底的に、かつ純粋に悪党になることです。
それが無理であれば、もうひとつの選択肢しかないと思っています。
それが利他主義です。
まず、患者様に最高の価値を提案し、最高の対価を払っていただく、最高の対価を得た経営者は最高の気分になって、最高の給与を従業員に払い、最高の給与を得た従業員は頑張れば報われるんだという実感を持ってモチベーションアップし、組織構成員全員方かモチベーションを持てば、ハイレベルの情報共有を行え、私は更なる最高を模索する。
この幸せ連鎖を構築することが利他主義です。
自分が豊かになるためにはクライアントと組織を豊かにするのが、最も効率的だと思うのです。
結果が伴わないのは、何事においても中途半端にやることです。
中途半端なサービス魂は鼻につきますので、嫌われます。
また、中途半端な悪党は尻尾を捕まれてタイホされるでしょう。
今、私の所属する組織は変革の時期を迎えようとしています。
変える部分は徹底的に変えたいと願っています。
反対に、変えない部分は死に物狂いで変えないように努めなければなりません。
しかしがなら、私には決定権がありませんので、いかに経営者にそのことを理解していただくかについて、今 徹底的にサービス魂をフル駆動させています。
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- 2006/06/14水 23:58:33|
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