美容外科ブログ カウンセラーのサービス魂

美容外科の業務をはじめ、様々な事象からサービスについて感じることを綴っています

スカウトマン

今、本業とは別で医療サービス業を興そうと試行錯誤中なのですが、その中で紹介していただいた方にスカウトマン会社の社長さんがいらっしゃいました。

非常に面白い方で、彼の業界を知ろうと漫画「新宿スワン」をまとめ買いしました。

スカウトマンというと一般には良い印象がないと思います。
私も最初はそうでした。

ただ、素晴らしいと感じたのは彼らのマメさです。

スカウトマンは女性をスカウトして、その女性の求める職場を紹介して利鞘を稼ぐ仕事ですが、紹介しただけではお金はほとんど入らないそうです。

収入はその女性の時給の5〜10%で、毎月その店の給与支払日に入金してくるシステムなのだそうです。

つまり、紹介した女性がその店で月に30万円分働いたら1万5千円〜3万円支払われるという仕組みです。

女性の収入に比例するということは、その女性が遅刻や欠勤をすれば収入が減り、その女性が人気者になって時給が上がれば収入も増えるというわけです。

ですからスカウトマンは毎日大忙しです。

自分が紹介した女性の目覚まし時計になってる方や電話や食事に連れて行ってモチベーションを維持したり、問題を起こせば紹介した女性と共に店長に謝りに行ったり…

それはもう真似できないマメさです。

そんなマメな男性の面倒を見ているのがその社長さんです。
どれだけの甲斐性があるのか興味ありませんか?

私は興味があるので、日曜日などにちょこちょこと潜入させてもらおうと思っています。

こういうきめ細かいマメさを女性が求めるのなら、今の業務や今後の志事にも活かせるのではと思っています。
  1. 2007/03/09金 18:31:50|
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なぞなぞ

ゾウを冷蔵庫に入れるのに、3つのステップが必要です。
さぁ、そのステップを当ててみてください。



答えは



1.冷蔵庫を開ける
2.ゾウを入れる
3.冷蔵庫を閉める



とかく壁にブチ当たるときというのは、物事を自ら難しく考え過ぎている場合がほとんどです。

もっとシンプルに、それこそ幼稚園児くらいシンプルかつ柔軟に考え直してみる必要があります。

このなぞなぞは、そんなシンプルイズベストな思考を取り戻す鍵です。

さらになぞなぞです。

今度は、キリンを冷蔵庫に入れるのに4ステップ必要です。
さぁ、そのステップを当ててみてください。



1.冷蔵庫を開ける
2.ゾウを出す
3.キリンを入れる
4.冷蔵庫を閉める



シンプルに考え直せば、答えは簡単です。
答えが出ないと物事を深く考え過ぎている証拠ですよ。
  1. 2007/03/07水 22:10:36|
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適者生存

一般に変化する環境に適応できないと自然淘汰されるという喩えとして使用される言葉です。 転じて強者であるより時代の流れを読めるビジネスマンたれという教訓として使われることも多い言葉です。

英語ではSurvival of the Fittestと表記されます。

本当なのでしょうか?

昨日のエントリーで「価格競争には参入しない」決意表明をしたところ、コメントではなくメッセージで上記の言葉を用いてやんわりと諭してくださった方がいます。

ニーズがそういう方向に向かっているのだから、ある程度は順応した方が良いという意見は理解できますが、私の願いは共存共栄です。

百均のマグカップでも気にしない人もいれば、口に触れる物だから百均はなんか不安という人もいます。
百均のホチキスが壊れても「100円だから仕方がない」と思える人と思えない人がいます。

相反するニーズが共存できるのだから、価格競争に参入する者と参入しない者も共存できると思うのです。 言い換えれば「棲み分け」です。



突然ですが、(ジャイアント)パンダとコアラは私にとって納得のいかない生物です。
パンダは熊類の一部が氷河期に順応して進化した生き物といわれています。
積雪とまだらに露出した岩場の保護色として、あのような模様になり、年間を通して食用できる竹を主食とすることで生き延びたといわれています。
コアラも雑食性の有袋類の一部が生存競争に負け、毒素の強いユーカリを主食とすることで生き延びたそうです。

その代わり、共に栄養失調で大脳の働きが鈍くなり、一生の大半を捕食と睡眠に費やす生き物になってしまいました。
大脳を使用できないという理由から、コアラは4万年前から、パンダは2万年前から進化できないまま現在に至っています。

これも適者生存には違いないはずですので、合点がいかないのです。

合点がいかないので、ちょっと調べてみたところ、答えが見つかりました。

適者生存(Survival of the Fittest)は進化論の提唱者ダーウィンの言葉ではなかったのです。

ダーウィンがその著書「種の起源」に記した言葉はSurvival of the Fittestではなく、Struggle for the Existenceでした。

Struggle for the Existence=存在のためのモガキ
生存のためではなく存在するために。
戦う(競争する)のではなく、モガキ続ける。

スマートではなく泥臭いですが、こっちの言葉に私は惹かれました。

環境に合わせて器用に立ち回るより、泥にまみれてモガキたいです。 生き延びるためではなく、存在し続けるために。
  1. 2007/02/27火 22:58:10|
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高く買って、より高く売る

これは私がファイナンスに興味を持つきっかけを与えてくれた、とある美容外科院長の株購入の哲学です。

《株をやってる人》は「安く買って、高く売る」ことを目指していますが、パチンコもスロットも苦手な私は、株の短期取引がしたくても出来ません。 持ち続けて、見守ることで精一杯なので、妙に納得できる言葉でした。

そして、この発想は志事にも通じる理念です。

株価の変動はその発行元たる企業の付加価値に他なりません。

つまりは1株200円が1000円に跳ね上がるのは、その企業の付加価値が800円上がったと言い換えられます(5倍になったわけではありません)。

私の仕事に置き換えれば、200円で仕入れた『製品』にどんな付加価値をつけて1000円の『商品』にするかということになります。

今は術の内容に付加価値をつけることに熱中しています。

これまで広告や電話応対、カウンセリング、接遇など《術前》に付加価値を加えてきたのですが、評判になるとマネされます。 ですからマネのされない付加価値付けに今は夢中なのです。

高い物は利幅は取れない(大人気の切らない美容外科サービスに用いられる薬剤や機材はとってもとっても高価です)という現在の美容外科が抱えるジレンマに、マネされない付加価値で対抗し、価格競争に陥らせない解決策になればと考えています。
  1. 2007/02/23金 22:32:51|
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メンター

私が美容外科という世界に飛び込む前から気になって気になって仕方がない方がいました。 その方は福岡からスタートさせた美容外科を全国展開し、絶頂の最中にベンチャーキャピタルに売却するという伝説を作った方です。

その方はブログで考え方などを「無料」で公開されていらっしゃって、大きな影響を受けました。
私がこの世界に飛び込む最大の理由でもありました。
お会いしたことはありませんので、こう言ってはおこがましいかも知れませんが、私は勝手にメンターと仰いでいます。

その方が本業が多忙になられたため、しばらくブログの更新をされていらっしゃらなかったのですが、先日から更新を再開されて、またもや様々な刺激を受けています。

出来るかな?出来ないかな?いつやろうかな?と足踏みしていた案件がゴマンとあったのですが、件のブログによって全てを一気に実行に移すことにしました。

綺麗になりたいな〜、若返りたいな〜と何となく思っている方々に何らかの価値提供が出来れば最高です。

私自身も早く誰かをビンビンに刺激できる人物になりたいなと痛烈に思う今日この頃です。
  1. 2007/01/30火 17:43:41|
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今年のテーマはファイナンス概念

毎年、年頭にはその年の行動テーマと思考テーマの座標となるメインテーマなるものを決めているのですが、今年はズバリ
「ファイナンス的概念」です。
正直、石野雄一氏の著作の影響が強いのですが、今年は全ての活動の選択基準に価値と価格の交換や資本投下とキャピタルゲインなどファイナンス的アプローチになぞらえて意思決定していこうと思っています。

というのも、昨年の後半から切る手術より切らない手術をメインに広報戦略を続けていたのですが、目からウロコの出来事があったのです。
美容外科に身を置いていると切らない手術(いわゆるプチ整形)は切る技術のないクリニックがやっている代替手術という思いがあるのです。 そして利益を考えれば、プチ整形よりも切る手術の方が単価が高いという思いもあります。
しかし、患者様にとってはこの「切らない」というファクターが予想以上に高いのです。

例えば、鼻を高くしたいというリクエストに対して、シリコンプロテーゼを使った切る手術で30万円と液体プロテーゼを注射器で注入するプチ整形で30万。 
効果と費用を勘案すればゼッタイにプロテーゼの方が良いとの思いがあったのですが、患者様の多くは同じ値段なら切らない方が高い効果よりも優先順位が高かったのです。

これには正直、驚愕しました。

提供側の思い込みと患者様のニーズがズレていたというわけです。
これは「価格」に対する「価値」の内容を吟味するきっかけとなりました。

こんなような出来事が何度か重なった結果、今年のテーマを決定しました。
  1. 2007/01/06土 14:40:29|
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贅を尽くすということ

未だ禁煙に悶絶しているのですが、この連休でとあるリゾート施設へ行ってきました。

このリゾートは国立公園の中にあります。 最寄の高速出口からグネグネの山道を1時間も走らないと辿り着けない僻地です。 そこは本館と客間である離れが15軒あるのですが、いかにもな豪華さはありません。
国立公園という保管された自然と、ゆとりある部屋(全戸露天温泉付き)だけで十分に贅沢なのです。 そして、出される料理は四里四方で採れたもののみ。
つまり極力ヒトが手を加えないことが最大の贅と定義しているわけです。

昨今、リッツカールトンミスティークを偏重するが故に、オカシなサービス業が増えてきました。 おもてなしやマインドが恩着せがましい場所が増えてきました。

「あれこれ考えて、ここまで用意して最高の贅を尽くしちゃいましたが、どうでしょう?!」というあつかましさです。

これこそがサービス業が陥るエゴ、マスターベーションです。

ex.「調度品はハンガリーからの輸入家具で、床の御影石はブラジル産です。 食器類は全てロイヤルコペンハーゲンのオーダーで、お口に触れる部分は全て24金となっております。 ゲストの皆様にはゆっくりおくつろぎ頂けますよう館内流れるBGMはホールでヘルシンキ出身の本場ピアニストが演奏するフィンランド民謡でございます。」
こんなことを満面の笑みで自慢するサービス業はたいてい、海のそばではないのにウニやマグロの大トロが並んだりします。

今回、私が訪れたリゾート施設は真逆です。
「これだけ自然を確保して、極力ヒトの手を加えずに仕上げました。 お気に召すといいのですが…」

何が素晴らしいかというと、全ての評価をゲストに委ねている点です。

おそらく、贅沢とはお金をふんだんに使って誰かのお株を奪うことではなく、時間と手間を費やしてそこにあるものを活かすことだと感じました。

私の夢である「死ぬための病院」はここのスタイルを模倣しようと考えていますが、実際に体験してみて頭の中で出来上がったコンセプトは「余命を生かす」ではなく「余命を活かす」終末医療です。

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  1. 2006/10/10火 12:09:31|
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値引きは誰のため

美容外科の多くは9〜11月は比較的ヒマになります。
私のような裏方仕事の場合、この時期こそ経営者やドクターにさまざまなことを即断即決してもらえる絶好のチャンスなので大忙しですが、業務側はヒマになります。

先日、経営者側から値引きをしてみないかという提案がありましたが、丁重にお断りさせていただきました。

「値引きをして倒産する会社はあるが、値上げして倒産する会社はない」by 神田昌典

一時的に売上が低迷してくると、思わず頭をよぎる「値引き」なのですが、サービス業においては、値引きで得をする人は世界中どこにもいないというのが私の実感です。

誰も得をしない「値引き」なら、何が何でもやるわけにはいかないのです。

「安いほうが良いに決まってるじゃん」と思うかもしれませんが、それは大きな間違いです。

美容外科に関して言えば、本来42万円の治療を30万円に値引きしたとしましょう。 治療の提供側は「12万円損した」とどこかで感じてしまうので、覚悟が変わってきます。 
また、42万円と提示された患者様が少しグズッたので30万円にしてあげたとしましょう。 グズり得と感じる人は幸せかもしれませんが、通常は「え?じゃぁ、最初っから吹っかけてたの?得体が知れなくて気持ち悪い」と感じるはずです。

運営側も損をします。 安くするのはスグにできますが、元に戻すには理由と時間がかかり、高くするにはもっと時間と理由が必要だからです。

安くなることで品質が低下し、安くすることでモチベーションが落ちる。 提供される側も提供する側も得しないのが「値引き」です。

「でも安くすれば患者(お客)が増えるから、結果的な収益は上がるじゃないか」と思うかもしれませんが、数をこなせば余裕が確実に減ります。 精神的な余裕でも時間的余裕でも、余裕がなければ、未来の新しい価値に思いをめぐらせることが不可能になり、数年後に赤が出てしまうのです。

唯一、値引きをして良いのは「キャンペーン」です。 例えば○周年キャンペーンやクリスマスキャンペーン、バースデイ割引、ファミリー割引などです。 理由のない値引きは相手を不安に陥れますが、理由が明確な値引きであれば、相手に安心してもらえるのです。 
しかもキャンペーン期間終了と共に通常料金に戻っても、誰も文句はありません。

人は安さに感謝はしません。 人は値段に十分な内容に感謝するのです。

ですから値引きしたいと思ったら逆に「値上げ」した方が効果的です。
値上げをすると提供側は身が引き締まります。 昨日まで42万円だったところを60万円にするだけで「18万円分頑張らなくちゃ」と身が引き締まるのです。 18万円分の頑張りが余剰されたサービスを受ける側は大満足です。

する側もされる側も得をするのは実は「値上げ」だったりします。
「値引き」は単なる自己満足ということです。

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  1. 2006/09/22金 21:03:46|
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足かせの活用

「ウーマン・ウォーズ 不信のとき」というドラマを欠かさず観ていました。

昼ドラ(観たことはありませんが…)並みにドロリとしていて、どうやって話を終わらせるんだろうと気になって観ていたというのが本当のところなのですが、ラストシーン直前で面白い台詞を聞きました。

愛人「ダイヤの指輪をしている女が幸せとは限らない。 でも、ダイヤの指輪をしていることで強くいられる。」
正妻「結婚指輪をしている女が幸せとは限らない。 でも、結婚指輪をしていることでたくましくいられる。」

指輪ひとつで行動は制限されます。 よほどのワイルドキャットでもない限り、好きになった相手が結婚指輪をしていれば躊躇くらいはするはずです。

不倫したい症候群の男子はこの指輪を「首輪」と感じるでしょうし、ホットな恋愛中のドリームガールはこういった指輪を「お守り」と認識しているものです。

同じ現象を否定的に捉えるか、肯定的に捉えるかが、その人の自由獲得能力だと思っています。

指輪のような「首輪」や「お守り」になりえる「足かせ」をどう活かせるかと言い換えても良いかもしれません。

こんな格言を聞いたことがあります。
「浮気をする男は最低の男だが、浮気が出来る男は最高の男である。」

キャバクラでいい気分におだてられると、コッソリ結婚指輪を外す男子は惨めなほどにカッコ悪いですが、奥さんの自慢話を愛人に出来る男は憎たらしいほどカッコ良いと思いませんか?

「妻とうまくいってないんだ」と同情を誘う男子は最高にカッコ悪いです。 「いつになったら奥さんと別れるのよ」と不倫相手に迫るメルヘンガールも同様です。 どちらも自らの足かせに踊らされているから悲惨なのだと思います。

反対に、愛妻家だと明言しているのにモテる男は確実に存在します。 他人を不幸にせずに自分の幸せを確立できるデキた愛人も存在します。 どちらにも共通しているのは結婚という足かせの重量を超える甲斐性を持っていることです。

足かせを障害としない甲斐性もサービス魂だと思います。

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  1. 2006/09/21木 23:46:01|
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オシム監督はスゴい

中田英寿選手の引退によって、一気にクールダウンしてしまって目を向けていなかったサッカーゲームなのですが、先日のオシム“新”監督のインタビューを観ていて魂が揺さぶられました。

彼は様々なことに言及していましたが、「日本化」というキーワードに私は妙に惹かれました。

サッカーに限らず、「日本化」は必要だと思います。 多くの舞台で日本人選手が外国人選手に見劣りする最大の原因もここにあると思っています。

私が茶道を習った江戸千家の流祖である川上不白が記した「不白筆記」にある言葉に「守・破・離」というものがあります。
武道でも度々挙げられる銘訓なのですが、要はどんな道においても、
まずは師の型と教えを徹底的に守り抜きなさい。
徹底的に守ったら、その型を破って自分の型を徹底的に創造しなさい。
自分の型が徹底的に創造できたら、師の元を離れて独立しなさい。
という「道」を究めるための手順です。

歌舞伎の中村屋勘三郎さんも「守は下手、破は上手、離は名人」や「型破りは型無しにあらず」と言っておられます。

ちょうど本日のK-1 World Maxに出場していた須藤元気選手はレスリング、ビバリーヒルズ柔術クラブという型を徹底的に守った上で「型破り」しているように感じます。

サッカーにおいては過去8年間は「守」だったのではないでしょうか? トルシエ氏とジーコ氏はサッカー先進国の型を教えてくれていたように思います。 ですから次の4年間にオシム監督は「破」の創造を導いてくれる気がしています。 オシム監督の引導の下、どう破り、日本らしい型を想像していくのかが楽しみです。

昨日のエントリーで、ないモノねだりを反省しましたが、恐らくないモノねだりとは「守」より先に「破」を望んでしまうせっかちな「型無し」の考え方なのかもしれないなと更に反省しました。

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  1. 2006/09/04月 23:11:12|
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小泉首相のサービス魂

十分時間も経過したので、小泉首相 最後の靖国参拝について書きたいと思います。
といっても、その是非についてではなく、あくまでサービス魂的視点からのことです。
さて、小泉政権としては最後となった今回の靖国参拝なのですが、思いの他、隣国からのバッシングがありませんでした。
特に支那(Chinaの日本語訳です。日本にとっての中国とは鳥取、島根、岡山、広島、山口だと私は習いました)ではデモの規制まで敷いたとの事。

なぜ最もキケンな、支那抗日戦争勝利紀念日、朝鮮祖国解放記念日(終戦記念日は4月28日と私は習いました)に参拝したにも関わらず、大きな抵抗がなかったのかと言えば、答えは非常に明瞭で「徹底したから」ではないでしょうか。 裏を返せば「これまで中途半端にしていたから」叩かれていたのはないでしょうか。

これはサービスにおいても同様です。 どんなに志向を凝らしたサービスも中途半端になってしまうくらいなら、しない方が30倍良かったりします。

とかくサービスというのはナルシズムに陥りやすい業種で、良かれと思ってやったことが蛇足であったり、ムダになることは多々あります。
ナルシズムに陥る最大の理由は「相手の気持ちになって考える」ことから始まります。 そもそもする側が、受ける側の気持ちになれるという思い込みが間違いだからです。

これまでの小泉首相による中途半端な参拝が内外から叩かれたのも全く同じ理屈だと思います。

山崎拓氏が郵政民営化のときに小泉首相に向かって言った「やるならやる。やらないならやらない。やらないという選択がないのなら、徹底的にやればよろしい。」という言葉に全ては集約されているのでしょう。

もうひとつ、今回の参拝で小泉首相のサービス魂を見て取ることが出来ます。 それは次期首相へのサービス魂です。

今回、隣国にとっては最悪の日に参拝したことにより、次期首相は何の遠慮もなく8/15に参拝できるようになったからです。

おそらく次期首相は安倍晋三氏に決まるでしょう。
安倍氏は古くは従軍慰安婦問題をはじめ、支那残留孤児問題、靖国参拝問題、所謂A級戦犯問題、北朝鮮拉致問題など隣国との諸問題に真っ向から取り組み、批判の矢面に立ちますが、首相になった暁には隣国の指導者たちにガチャガチャ言われても議論せずに「あぁ、そう」と流してもらいたいです。 問題でない事象に対して正しいことを主張せねばと議論を始めてしまえば、その時点で問題になってしまいます。 そもそも問題でない事象を問題提議する者の目的は「問題でない事象を問題化して駄々をこねる」ことで、解決など望んでいないのです(現に韓国内では「A級戦犯が分祀ても参拝はとうてい容認できず、問題解決とはならないとの考えを韓国政府内部で確認した」そうですし、支那も胡錦濤国家主席が「日本に対しては歴史問題を永遠に言い続けなければならない」という江沢民の言葉の再確認を行ったそうです)。

これはクレームも同じことです。 美容外科におけるクレームのほとんどは、本当のクレームではなく、患者様が引っ込みがつかなくなってしまったが故に問題化した「些細なすれ違い」です。

ダメなドクターほど、詰問して患者様の責任に仕立て上げようとしますが、本来は不安要素をしっかり聞き入れて、対処方法を一緒に考えることで解消されるのです。
そもそもデメリットや術後の経過について十分な説明と、それに対する理解を得ていれば、些細なすれ違いすら発生しないものです。

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PS. 靖国神社参拝について議論をするつもりはないので、以下にグローバルスタンダードなコメントを掲載しておきます。 【“小泉首相のサービス魂”の続きを読む】
  1. 2006/08/27日 12:05:30|
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非宗教的カルト

カルトと聞くとオウム真理教や統一教会、パナウェーブ研究所などが思いつくと思いますが、実はカルトは身近なところにもあるのです。

私は時折ビジネス系のセミナーに参加するのですが、そういったビジネスセミナーの中にもカルトは存在します。

先日、以前に資料請求したことがあるセミナー主催会社から電話があったのですが、完全にカルトでした。 この会社はセミナー主催会社のパイオニアなのですが、とにかく「人生の成功者になるためには私どものプログラムしかないのです!!」という姿勢なのです。

自分の扱っている商品に惚れ込んでいることは素晴らしいことだと思います。 何の目的意識も持てずに、ただ食いぶちのためだけに働いている人に比べたら、充実した人生を送っていると思うのです。 
ただ、惚れ込み過ぎて「盲信」してしまうと、違う価値観を許容できない狭い心になってしまいます。 そして狭い心は必ず人を傷つけるのです。

私の従事する美容医療は確かに美容目的で健常な体に傷をつける医療です。 しかし、そうすることで心の傷を癒してあげることができる医療だと思っています。
肉体を傷つけないことで心の傷を少しずつ確実に広げていくことと、肉体に数ミリの傷をつけることで心の傷を解消すること。

どちらが正しいのかは私には分かりません。 どちらが正しいかは患者様が決めることだと思っているからです。

ただ、私は非常にアツくなりやすい性格なので、時折こんなことを思い起こして自分の信じる価値観のゴリ押しになっていないかどうかを冷静に鑑みる必要性を感じています。

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  1. 2006/08/25金 23:15:18|
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甲子園はスゴい

それにしても暑いです。 私の伴侶がクーラー苦手症候群なので、帰宅後は夕食を摂ったあと水風呂に浸かって読書するのが最近のブームになってしまい、ブログから遠ざかってしまいました。

さて、甲子園です。 今日の決勝戦は名勝負でした。 しかし、この夏大会で私の魂を揺さぶったのは早実の斉藤選手でもなく、駒大苫小牧の田中選手でもなく、準決勝で散ってしまった鹿児島工高のナインです。

私の伴侶が鹿児島出身というひいきを差し引いてもスゴいチームでした。

何がスゴいかというと
1.スポーツ特待生はもちろんスポーツ優待生すらいない
2.スタープレーヤーがいない
3.ムードメーカーがいる。
4.ベスト4
の4点です。

これを企業に例えてみると、従業員全員が地元採用で平均的賃金雇用で、やり手営業マンがいないがムードメーカーはいるマーケットシェア第4位という優良企業となります。

最近、日本人の金銭感覚を研ぎ澄ますという活動をされていらっしゃる板倉雄一郎さんの著書に触発されて価値と価格についてあれこれ思い巡らせるのですが、その点で鹿児島工高は良いモデルケースを見せ付けてくれたのです。
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年商30億円で人件費を含めた経費が15億円にも昇り、カリスマ従業員のいるマーケットシェア2位以上の企業と、年商15億円だけど経費が5億円でカリスマ従業員はいないが底抜けに明るいリーダーはいるマーケットシェア4位以上の企業とではどちらが良い企業でしょうか?

私が一緒に働きたいのは後者です。
なぜなら出費(経費)のリターン(年商)が、前者が2倍なのに対して後者は3倍だからです。
そしてカリスマ従業員がいないということは個人のポテンシャルに依存していない企業ということになるので安定性が高く、底抜けに明るいリーダーがいるということは従業員が楽しく働いているからです。

平凡な経営者(球団)は優れた人材(選手)を渇望し、非凡な経営者(球団)は優れた職場環境(チームワーク)を模索する。
平凡な社会人(選手)は優れた所属組織(チーム)を渇望し、非凡な社会人(選手)は優れた牽引力(身体能力)を模索する。
これは私が社会人になったときに実感したことなのですが、甲子園はこの10年前に私が実感したことを思い出させてくれました。

願わくば、駒大苫小牧の田中選手には新庄選手の穴を埋めるべく北海道ファイターズに入団してもらいたいです。

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  1. 2006/08/20日 23:52:51|
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当事者意識

同じ組織の中で働く仲間にも各々の役回りがあります。

私の所属する美容外科では
ドクターセクション(医師部)
ナースセクション(看護部)
レセプションセクション(受付部)
オフィサーセクション(管理部)
アカウンティングセクション(経理部)
クラークセクション(庶務部)
デザインセクション(制作部)
と7つの役回りがあります。

現状でどの役回りも必要不可欠で、業務を遂行していく上で全員の力が必要となります。

しかしながら、各セクションが各々の役回りのみにしかフォーカスできないとシナジーが生まれず、ただの烏合の衆と化してしまいます。

例えば、レセプションセクションの出勤者全員が電話応対をしている最中に新たな電話が鳴っているのにナースセクションが「自分の仕事はナースだし、電話の出かたなんか分からないから」と鳴りっぱなしにしてはマイナス効果しか生まれてきません。

この場合のマイナスとは鳴っている電話の機会損失だけではありません。
レセプションが今の電話に集中できないという焦燥感
ヘルプしてもらえない孤独感
非協力的な仲間への不信感
ナース部の罪悪感と後悔
など多岐に渡ります。

勤務時間における自分のパーソナルスペースを組織単位で捉えるか、自分という個人単位で捉えるかで、行動は変わります。

勤務時間中における自分の存在意義は、身を置いている組織の存在意義と同列だと思います。

自分の存在する組織が社会にとって価値あるものでなければ、勤務中の自分の価値もなくなってしまうと思うのです。

電話の出かたが下手糞でも良い、鳴っている電話の主に不信感を与えてしまっては自分自身も疑われてしまうとまで掘り下げて考える必要はありませんが、鳴っている電話を無視できないモラリティーくらいは持ち合わせておくべきだと考えます。

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  1. 2006/07/26水 00:10:36|
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おバカさんの見極めかた

仕事をしていて、がっくりくる時とはどんな時でしょうか?
多くの場合、モチベーションをスポイルする人物が原因となっている場合が多いと思います。

私は、必要最低条件の知識を持ち合わせていない(または必要最低条件の知識を得ようとしない)人が苦手です。
決して口には出しませんが、そういう人を「おバカさん」と呼んでいます。

口惜しいのは、そのおバカさんが、おバカさんだと確信が持てる頃というのはプロジェクトがかなりコアに迫っている頃なのです。

コアに迫れば迫るほど、おバカさんの知識不足が他の仲間の足を引っ張るようになり、モチベーションを削ぐのです。

そんな経験を何回か繰り返した中で、プロジェクト始動前におバカさんか否かを判別する方法を発見しました。

それは「ちょっとバカにしてみる」という荒業です。
ちょっとバカにしてみた結果、バカのふりができる人はおバカさんではありません。
逆にムキになってバカのふりを拒絶する人がおバカさんです。

コントで日本人コメディアンは黒人のふりも出来ますし、白人のふりも出来ますが、日本人のふりは出来ません。 日本人に日本人のふりは出来ないのです。

同様におバカさんじゃない人はバカのふりが出来ますが、バカじゃないふりは出来ませんし、おバカさんはバカじゃないふりは出来ても、バカのふりは出来ないという理屈です。

これから一緒にプロジェクトを遂行していこうという仲間をバカにするのは荒業ですし、正直、苦痛を伴います。
ただ、この一瞬の苦痛をおざなりにしてしまうと、長期的な苦痛を味わわなければならない状況になってしまいます。

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  1. 2006/07/24月 00:14:56|
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中田英寿選手はスゴい

ちょっとタイムラグがありますが、サッカーワールドカップを見ていて、やっぱり中田選手はスゴいなとシミジミ思いました。

これまでも荒川静香選手鈴木イチロー選手新庄剛選手、変わったところでは青田典子さんをエントリーのトピックとして書いてきましたが、特にスポーツ選手から学ばせてもらうことは多々あります。

中田選手はあの語学習得の早さなどからも頭脳のキレがある人だと感じていましたが、ブラジル戦後のコメントを聞くと、恐らくビジネスの世界でも一流になってたのだろうと容易に想像できます。

中田選手が発した言葉は
「(実力を)最大限発揮できたかどうかというよりも、現時点での結果が今の僕らの実力なんだと思います。」

なんと謙虚で真実を含んだ言葉でしょう。

私が過去に勤務していたエステティックサロンのマネージャーは酔っ払うと「私は月に最高1500万円の売上を達成したことがあるのよ!!」と息巻いていました。

過去の栄光を誇示したり、ラッキーな結果を自分の実力だと錯覚するようになったら人間おしまいです。

彼女のこの発言を聞くにつけて、天邪鬼な私は平均こそが真の実力だと考えるようにしていました。

「あの時こうしてたら…」「あっちの方法でやってれば…」と嘆いて見せるのは負け犬の遠吠えと同じです。

また、平均が実力だと考えていると、ラッキーな結果を得た際に「ラッキーだった。 みんなのお陰だ。」と心から思えました。

不思議なもので、ラッキーをラッキーだと認識すればするほど、ラッキーの連鎖は起きるのです。

おそらく、ラッキーを計画的に呼び込むことが出来るようになったら「一流」なのだと思います。

その意味においても、ブラジル代表は「一流」です。
ラッキーを当然化しているから、彼らの試合には奇跡の連続が起こるのでしょう。

きっと中田選手の言葉にもこの意味が含まれており、ラッキーを計画的に呼び込めなかったからこそ、フィールドで天を見上げながら涙したのだと勝手に思っています。

「運も実力のうち」という言葉の真意はここにあるのではないでしょうか。

ちなみにスポーツ観戦好きの方なら納得してもらえると思いますが、「一流」と呼ばれる選手ほど信仰心が非常に高いです。

ラッキーを当然化しているから一流で、一流だから奇跡が必然的に起き、奇跡を常に目の当たりにしているから感謝の念を常套でき、感謝の対象が信仰なのだと思います。

思うに、「一流」の条件にひとつに「感謝の心」と「信じる力」があるのではないでしょうか。


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  1. 2006/06/24土 12:20:07|
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2つの選択肢

組織の繁栄は組織を構成する者個人個人の繁栄の反映である。

スティーブン・R・コビー氏の言葉です。
正直、組織の繁栄を自己の反映より先に望むことは、どんなサービス魂を以ってしても考え難いことですから、真実だと思います。

では自己の繁栄を望むために何が出来るか、考えてみました。

最も簡単な方法は純粋な悪党になることだと思います。

他者に損をさせ、組織を欺き、倫理に反し、犯罪をもいとわなければ、一生使い切れない金銭を得ることが可能だと思います。

前回のエントリーにも書きましたが、振り込め詐欺がこの代表格と考えても良いでしょう。

ただ、必要最低条件は徹底的に、かつ純粋に悪党になることです。

それが無理であれば、もうひとつの選択肢しかないと思っています。

それが利他主義です。

まず、患者様に最高の価値を提案し、最高の対価を払っていただく、最高の対価を得た経営者は最高の気分になって、最高の給与を従業員に払い、最高の給与を得た従業員は頑張れば報われるんだという実感を持ってモチベーションアップし、組織構成員全員方かモチベーションを持てば、ハイレベルの情報共有を行え、私は更なる最高を模索する。

この幸せ連鎖を構築することが利他主義です。

自分が豊かになるためにはクライアントと組織を豊かにするのが、最も効率的だと思うのです。

結果が伴わないのは、何事においても中途半端にやることです。
中途半端なサービス魂は鼻につきますので、嫌われます。
また、中途半端な悪党は尻尾を捕まれてタイホされるでしょう。

今、私の所属する組織は変革の時期を迎えようとしています。
変える部分は徹底的に変えたいと願っています。
反対に、変えない部分は死に物狂いで変えないように努めなければなりません。

しかしがなら、私には決定権がありませんので、いかに経営者にそのことを理解していただくかについて、今 徹底的にサービス魂をフル駆動させています。

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  1. 2006/06/14水 23:58:33|
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ヴァリューファースト2

ヴァリューファーストの考え方もハイパフォーマンス=ハイリターンと同じです。

まず、十分な価値を与えて、その価値に対する十分な報酬を得るという構図です。

仮に報酬(報酬には給与やマージン、インセンティブ、ボーナスなど全てを含みます)として年棒750万円を得たいとすれば、月に50万円(年棒は15ヶ月で換算し、うち3ヶ月分はボーナスとなります。)を支払いたくすれば良いのです。

会計上、50万円の給与を経営者が払うには、支払額の2倍、100万円がなければなりません。 しかしながら「100万円の売上を生んだのだから、50万よこせ」ではギブアンドテイクという低いレベルの雇用関係に成り下がってしまいます。

サービス魂という観点からすればギブアンドギブンの関係が最も円滑でフェアで、気分の良い雇用関係だと思っています。

ギブアンドギブンの雇用関係を確立するには、使用者にありがたいと思ってもらうのが早道でしょう。

ありがたいと思ってもらうには支払額の2倍ではなく3倍、つまり150万円の売上を上げなければなりません。

しかしながら、50万円といえば高額な月給です。
おそらく、この月給を受け取るためにはそれなりのポジションが必要となってきます。

つまり、リーダー※1です。 リーダー※2といってもピンキリなのですが、ここでは一般的なリーダー※3としましょう。

組織論を語るときに必ず出てくる法則があります。
パレードの法則です。 別名80:20の法則とも言います。
もともとはイタリアの経済学者パレイドが発見した「全体の20%の高額所得者が社会全体の所得の80%を占める」という世界規模の法則で、営業では「売上の80%は20%の販売員によってなされる」と言われており、近年ではハーバード大学のMBAコースで「事業の成功は事業ドメインが20%、組織文化が80%を占める」と発表されたりしています。
この法則を更に派生させた2:1:7の法則というものもあります。

リーダーとはこの20%側でなければなりません。
20%とは1/5です。 つまり5人分の成果をあげてこそリーダーのリーダーたる存在意義が発生するのです。

150万円の売上の5人分、即ち750万円の売上を担えれば、どんな裸の王様的経営者でも50万円は払わざるを得ないのです。

ただ、750万円の全てがお金である必要はありません。 リーダーとして牽引すべき4人の統率や信頼関係、モチベーションの維持など直接的に売上に換算できない部分のアウトプット(労力)もそこには存在しているからです。

自らの年棒と同じヴァリュー(価値)を月内に生み出せれば、雇用者としてのバリューファーストは全うできるというわけです。

おわり

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  1. 2006/06/11日 19:14:31|
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ヴァリューファースト

お小遣いのためではなく、生まれて初めて生活の為にした仕事は日本食レストランのサーバーでした。

ヨーロッパでは廃れてしまいましたが、アメリカでは未だサーバーの主な収入源はお客様が支払いのほかに払ってくれるティップです。

当時、私の時給は$2.50。 日本の生活水準から言えば時給¥330と同じです。 この時給で日6時間、週5日勤務でした。

しかし、月の平均収入は$2,500を超えていました。
時給として受け取る給与が$350で、ティップが$2,150あったということです。

通常、ティップは注文の15%が相場です。 このうちの5%が料理人に渡り、10%が私の取り分でした。

気が利いているなと感じてもらえれば20%、とても良かったと感じてもらえれば25%、アメイジングと唸らせれば30%以上となって行きます。

私はサーバーとして$100の注文に対して$150のティップを頂いたことがあります。 サービス魂を駆使すれば相場の10倍のティップを払いたいと思ってもらえるんだと確信した瞬間でした。

このときに私が特別にしたことは日本酒でホロ良い気分の牧場主にハラキリの真意を尋ねられ、真剣に説明しただけです。

日本食レストランに足を運ぶ米国人は中産階級以上という実情もちろんあったとは思います。

その後、オーナーにスシシェフをやるように言われ(米国は表面上、無差別の国なので男女を問わず、また手が黄色かろうが黒かろうがスシシェフができます)、給与$3,000に5%のティップ、それとは別に料理に対する労いのティップをもらうようになりました。

後にも先にも1度きりですが、SUBARUのディーラーから謝礼金として$1,000の小切手を贈ってもらったこともあります。
添えられていた手紙には「これまで頑なに国産車(アメ車)しか購入されなかったお客様が、弊社で購入をしていただけました。 日本車の素晴らしさをご説明いただきありがとうございます。」と書かれていました。

私はSUBARUを、ひいては日本車の素晴らしさについてお客様に話したことはありませんでしたので、徹底したサービス魂は相乗効果をもたらすという確信をした瞬間でした。

徹底したサービスを行えば、人は値引こうという心理すら働かなくなります。 それどころか、ここまでしてもらったんだから、もっと払いたいと思ってもらえるのです。

「100のインプットを得るには100のアウトプットをすれば良い」
と確信しているのは、このような実体験に基づいています。

ローリスクはローリターン、ハイリスクはハイリターン。 ローリスクハイリターンは稀れでノーリスクハイリターンは詐欺と書いたことがありますが、ハイパフォーマンスはハイリターンとなります。

キーワードは「徹底的にする」ということです。
徹底する根性がなければ、ハイリターンを望んではいけないと思います。

つづく

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  1. 2006/06/10土 22:35:18|
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秋田に残るコミュニティーセンス

秋田男児殺害事件のニュースが連日流れています。
私の母は事件の起きた能代市のすぐ近く、大館というところの出身ですので、コメンテイターの善人ぶったトークに辟易しながらも、見入ってしまいます。

どういうわけか私は沖縄、鹿児島、名古屋、東京、秋田、シカゴ、南イタリアに関連するニュースに見入ってしまいます。

件の米山豪憲くんのニュースを見ていたら、こんな声が聞こえてきました。

「(豪憲くんが行方不明になった日の畠山鈴香容疑者の行動について、付近住民の証言)『私も川さ探しに行ぐ』って言い出すたから、そったら体で無理さすたら、ま〜たみんなに迷惑さかげるんだよ〜って言ったんだけんどもね」

地域コミュニティーへの帰属意識が低下したと言われて久しいのですが、少なくとも秋田県能代市では健在のようです。

私は日本人の血(知)にコミュニティーにおける互助精神が根強く残っていると考えています。

これは現在世界一長い歴史を持つ日本文化の誇れる習慣の一つだと思っています。

こういった血(知)に基づいた文化的本能とも呼べる習慣を「しごと」にも活かせないものかと、いつも考えてしまいます。

もっと、同じ組織に所属する者同士が同じ価値観や同じ方向性、同じ目的意識を持って働き、互助の精神で取り組めたら、もっともっと幸せな気がしてなりません。

ちなみに件の事件をはじめ、被害者が少女の事件報道において「〜さん」と呼ぶのが気になって仕方がありません。 おそらくPTAや日教組からのクレームがあってそういう報道姿勢になっているのでしょうが、なんとも不自然というか気持ちが悪いのは私だけでしょうか?

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  1. 2006/06/09金 23:12:02|
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働く目的

私は自分を戒める目的で「人は自分の知っている範囲でしか物事を考えられない」と口にしています。

これはマルチビューポイント(多角的な視点=組織側の視点や患者様側の視点、マジョリティー側の視点、マイノリティー側の視点などを瞬時に行き来し、それぞれに映る価値を理解する技術)の重要性を日常的に意識するためです。

しかしながら、信念の根幹に関わる部分に対してはどうしても強情になってしまって、柔軟な発想が出来なくなってしまいます。

特に私の場合は「しごと(平仮名で書いている理由は明々後日に書きます)」をする目的に対して非情に強情です。

私は今日という時間の大半を費やす「しごと」に、今日死なずに生きている意味を見出したいと願っています。 ですから、徹底的にこだわってしまう。

私のこだわりは価値を生み出すという1点に尽きます。
何でも良いので、何らかの価値を産み落としてから帰宅したいのです。
でないと自宅でも「しごと」のことを考えてしまうのです。

これはバリューファースト・マネーレイターという考え方に基づいています。

つまり、20万円の月給をもらっているから20万円分働くという考えではなく、750万円に相当する価値を提供してから50万円の報酬を得たいという考え方です(なぜ750万円で50万円なのかは明々後日に書きます)。

その方が、存在意義を感じやすいですし、毎日が楽しくなると確信しているので、可能か不可能かは別にしても、みんなそれを望んでいると信じていました。
しかし世の多くの人はそうではなく、もらった分だけ働くという考え方に占められているようです。

残念です。

見返りを求めて始める行動は、なんとなく卑しいと感じてしまいます。
20万円のハシタ金を貰うために、ふて腐れた顔をしながら20万円分だけ働く姿は醜悪だと感じてしまいます。

こういう卑しい者や醜悪な者が自分の元で働いていたとしたら、昭和中期のシャチョーさんでなくても「誰が給料を払ってやってると思ってるんだ。」と言ってしまいたくなるのかもしれません。

橋口寛さんのパートナーシップ・マネジメントを20冊ほど経費で購入して、配りたくなりました。

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  1. 2006/06/08木 22:55:04|
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故山本五十六氏に学ぶ

やってみせて
      言って聞かせて
              やらせて見て
                    ほめてやらねば人は動かじ


大日本帝国海軍元帥であった故山本五十六氏の言葉です。
私が初めて指導する立場になったときに父が教えてくれました。

美容外科という業種にとって、最大の弱点は医療というスタンスとサービス業というスタンスのバランスです。

どんなにレセプションがおもてなしのテクニック(サービス業的側面)を以って接しても、ナースやドクターが官ぶ然としていては、その大きなギャップに患者様は戸惑い、不信感を募らせてしまいます。

そこで、私は自由診療という観点からサービス業として医療を提供するというスタンスが美容外科にとってベストなスタンスではないかと思っています。

このたび、とある施術を私が実践して見せて、ナースとドクターにサービスの真髄を見せることになりました。

これは私が提案したことなのですが、了承した経営者自身もドクターとしての視点から、徹底したサービスが医療行為自体を凌駕する価値を患者様に実感させられるとは信じがたいようなので、やって見せることになったのです。

そこで、山本五十六氏の教訓を生かそうと思ったのです。

まず、私がやってみせる。 
被験者はナースです。 被験者が心のそこからスゴいと実感する様を見せつけようと思っています。

そして、なぜこのナースが大きな実感を得られたのか、私が主張する費用の正当性を徹底的に納得させます。

それから、全ナースと全レセプションに徹底的に実感させてから、各自に徹底的に実践させてます。

一通り出来るようになったら、徹底的に評価しようと思っています。

もちろん、この一連の流れをドクターにも理解してもらいます。

もし、これによって全員の納得が得られなければ、私の信じているサービス魂が空虚であったという証明になってしまうので、命がけでやります。

キーワードは「徹底的」です。

なんで、こんなにも力が入っているのかというと、キャスト全員が私がこれまでに上げてきた業績は私だから出来た、つまり私の個人的能力によるものだと思い込んでいたからです。
サービスは能力ではなく、技術。 つまり習得すれば誰にでも再現できるものなのだということを証明したいからなのです。

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  1. 2006/06/06火 23:25:40|
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給料は誰が払っているのか

驚くことに、いまだ従業員に対して「誰が給料を払ってやってると思ってるんだ。」などという昭和中期のシャチョーさんのような台詞を吐く経営者がいるそうです。

起業したてで収入より支出の方が多く、経営者が身銭を切っている状況であれば、ついそんな言葉を発してしまいたくなる気持ちは分かります。

しかし、経営者がそんなことを言ってしまっては、経済活動への理解の低さを従業員に露呈してしまっているわけですから、軽蔑されてしまいます。

従業員の給料を払っているのは、経営者ではありません。 お客様です。 無論、個人事業であろうが大企業であろうが経営者の給料を払っているのもお客様です。

経営者は従業員の給料額を決めているに過ぎないのです。

この当たり前の済概念を持って、事業をんでこその経営ではないでしょうか。

ここからは推測ですが、恐らくこのような暴言を臆面もなく吐ける経営者というのは従業員に対して感謝の念を持っていません。 当然、敬意も持ち合わせていません。

だからこそ、恐らく従業員も当然のように経営者に対して感謝などせず、リスペクトもしていません。

非常に不幸な環境です。

ずいぶん前のことになりますが、とある企業の創立30周年記念イベントに同席させていただく機会に恵まれたのですが、経営者のスピーチに思わずもらい泣きしてしまったことがあります。

「今日まで株式会社○○○○がやってこれたのは、ひとえに君たち従業員の頑張りに他ならない。 君たちが僕を支えてくれたからこそ、踏ん張れたことが何度あっただろう。 白状するが、これまでに一度だけ君たちを疑ったことがある。 ○○○の一件でだ。 いまでもあのことを思い出すと喉の奥が苦くなり、疑ったことへの後悔でいっぱいになる。 どうかこの弱くて臆病な僕を許して欲しい。 そして今日まで僕を信じてくれた君たち仲間に感謝の言葉を捧げたい。 いつもありがとう。 そして、これからもよろしく頼みます。」

愛されるべき経営者は、必然的に従業員を愛している。
そんな愛すべき企業が作り出す商品が世間に愛されないわけがない。

そう実感させてくれた機会でした。
この会社が私のサービス魂の形成に与えた影響は少なくありません。

与えてから、与えられる。
理解してから、理解される。
愛してから、愛される。

聖書を紐解くまでもなく、この摂理は絶対だと思っています。

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  1. 2006/06/03土 22:42:26|
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パーソナルコンピテンスの運用2

私の上司は「基礎力の違いは決定的だ。」という経験則を持っています。

この経験に基づいた断言は間違いなく真実だと思います。

しかし、中間管理職である私までもがそれを100%認めてしまっては組織は個人の能力に依存せざるをえない状態となり、退職を含む人事の変更によって組織自体のポテンシャルが激しく上下し続ける結果となってしまいます。

やや宗教的になってしまいますが、私は生きとし生ける者全てが目的を持って生まれ、その目的の為に活動し続けていると信じています。 その活動を支えているのが縁、つまり何かとの出会いです。

ですから組織という人格が持つ目的と、求職者という人格が持つ目的が合致したが故に応募と採用という縁が生じていると信じています。

確かに、出来ない人と出来る人の格差はあります。 期待に応えてくれる人と期待に応えてくれない人という表現が正しいかもしれません。

多くはこの現象の責任を期待に応えてくれない人に負わせようとしますが、本当は違います。
自らが求め、採用した人財を的確に使いこなす能力(パーソナルコンピテンスにエンパワーする能力)が決定的に欠如していることを露呈させているだけだなのですが、そこに気づこうとしないが故に、一生を人財不足に悩まされ続けてしまいます。

以前、数回一緒に仕事をしたドクターの習慣「うまくいったらみんなのお陰、悪くなったら自分のせい」はこの悪癖の対極ということになります。

これは人はみな自分に似た人としか出会わないというエントリーを書いたことがありますが、私が明確な意思を持って行った求人には私が欲しいと思っていた人財が必ず来てくれるという経験に基づいた確信です。

まず、各人の持ち味や経験を理解し、適材適所を判断する能力がリーダーには求められます。 
餅は餅屋に作らせ、売らせるのが最も効率かつ合理的だということです。

その上で、この仕事をこの人にやってもらいたいと心から熱望すれば、受け手はその熱を受け取って、期待以上の結果を残してくれるはずだと思っています。

エンパワーはこういった熱の共有から始まります。

リーダーはその字のごとく、同輩や後輩、時には先輩や上司、経営者をもリード(牽引)しなければなりません。

余談ですが、犬の散歩に使う手綱を最近は「リード」と呼ぶのが流行っています。 つまりは飼い犬を牽引する道具ということです。 
しかし、悲しいかな町や公園で見かける飼い主は牽引するどころか、逆に犬に引っ張られています。

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  1. 2006/05/28日 12:11:06|
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パーソナルコンピテンスの運用

同輩、後輩により良い仕事をしてもらうためのスキームとして、エンパワーという考え方があります。

これは自分の経験や知恵、技術を公開して他者にも同じように業務をこなしてもらうという考え方なのですが、難しいのは発し手の意図を受け手に確実に伝えることです。

最近の出来事としては、あるプロジェクトを同輩に頼もうとしたところ「そんな、役不足です。」と言うのです。

恐らく、自分では役者不足だと言いたかったのでしょうが、クライアントの前でそういった日本語の初歩について講釈するほど、私は悪趣味ではないので「役不足とは大きく出ましたね。 それなら安心して任せられます。 ということで○○がこの件を担当します。」と笑い話として示唆するに留め、その場を切り抜けました。

しかし、当の本人は一人では出来ないと意思表示したにもかかわらず、クライアントの目前で多大なプレッシャーを与えられたと感じて意気消沈していたのです。

発し手のコミュニケーション力は、どう伝えたかよりも受け手がどう理解したのかにかかっていますので、この場合は私のコミュニケーション能力が欠如していたということになるのですが、一事が万事この調子だとエンパワーするどころか自分の時間まで奪われてしまい、結果的に自分でやった方が早くて確実だったのではないかと邪推したくなってしまいます。

どういう指示が受け手にとって最大の理解を提供できるのかと思案した結果、具体的な説明よりも大極のみを伝えて、提出期限を決めるという手順が最も確実だと分かりました。

その方が、より真剣に考え、結果についても発し手のせいにすることなく完成させるということが分かりました。

さらに、今回は「どんなに質の高い仕事をしても、提出期限いっぱいまでかかったら、期待通りであって、期待以上という評価は得られないと思うよ。」と付け加えることで、提出期限が5月いっぱいだったところを4日早く提出してくれる結果となり、更に内容的にも期待水準以上という好結果となりました。

これが彼女にとって大きな自信となり、更に完成度の高い仕事を短期間でこなすことが快感に直結できれば、もっともっとエンパワーしたいと思います。

広報という職種に移り、1ヵ月半ですが、最近ようやくチームプレーの楽しさが分かってきました。

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  1. 2006/05/27土 23:58:03|
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発する言葉について

昨日に引き続き、サービス魂的な言葉に関する考察をひとつ

サービス、とりわけ営業職の強い美容外科のようなサービス業ではその業種内でのみ使われる言葉があります。

ただ、10年に渡る営業の経験から言わせてもらえれば、そういった営業用語を使うからこそ高圧的な説得になってしまうのです

もっと日常生活に密着した、できればエレガンス漂う言葉だけで接遇することで、値段の交渉や駆け引きから開放されるはずなのです。

たとえば、先の「相手の気持ちになって・・・」と考えると時間の経過に伴う慣れによって、相手のことを分かってるつもりで無理やり話を突き通そうとする姿勢になってしまいがちです。

非常に似た響きの言葉には「お客様のために・・・」と言うのがありますが、これも一見奉仕の心に満ちた素敵な言葉のように聞こえますが、「お客様のために私が何が出来るか」と、私が主体となった言葉なので、エゴとしてのボランティア精神にも似たイヤラシさがあります。

よく、「500万円の契約をとった」というような言い方で自分の業績を誇示する傾向があります。

この場合の「とった」は、おそらく「獲った」だと思います。 
この字を無自覚ながらも使った時点で、獲物を狩ったという攻撃的意識が根付いてしまうのです。 そして極端ではありますが、「100万の価値しかないのに500万も獲ってやったぜ、ザマーみろ」という恐ろしい感覚すら芽生えてしまう危険性をはらんでいるのです。

私は「500万円いただいた」と言っています。 こう言うことで「感謝の気持ち」をもって今後も接することができます。 

感謝の気持ちで接していくと、ほぼ100%の確立でリピートしてくださいます。 リピートしていただければ、さらに私の感謝の念は強くなり、感謝されていることを実感された患者様は紹介をくださるようになっていきます。

また、営業経験の長い方になるとテクニックに敏感になっていますが、これも私としては良い傾向とは言えないように思っています。

一般に「営業はワントーン高い声で」と言われていますが、私ならむしろ2トーン下げてゆっくりと囁くような音量で話します。

これは多くの人が営業をかけられるのを嫌っているが故に、ワントーン高い声に対して抵抗を感じるようになっているからなのですが、私の話を受動的に聞いてもらうより、能動的に聞きたがって欲しいという願いもあります。

特にカウンターセールスはミュージカルなどの舞台に例えられることが多いのですが、立ち位置を錯覚している人が非常に多いのです。

お客様(私の場合は患者様)がステージに立ち、私たちは観客席であるべきです。

高い声を上げたり、早口であったり、まして高圧的な観客は役者に嫌われてしまうと思います。

カウンセラーは患者様の人生という大舞台の一観客です。 ステージの上のヒロインが舞台のクライマックスを思う存分舞えるように真剣に向き合うことが使命です。

肉食獣のように狩りを続けていると、最後に待っているのは餓死です。 その上、餓死の前に狩りができなくなる日が迫ってくる恐怖心とも戦わなくてはなりません。

人間同士の営みとして相互に感謝の関係を築ければ、餓死する不安も恐怖心からも開放されます。

だからこそ、言葉遣いは本当に重要なのです。

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  1. 2006/05/24水 22:45:50|
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勘にまつわるチョット感激した話し

「このプロジェクトを立案する根拠は何ですか?」と問われ「ピピっと来たんです。」と答えたら、即却下されるに違いありません。

ただ、アイディアをひねり出す仕事をしていると「ピピっと来たんです。」としか言いようがない場合は少なくないと思います。

しかし、採用された場合には、お金と時間を掛けることになりますので、根拠が必要です。 そのため、アイディア先行で根拠は後付けになります。

が、しかし先日 経営者が考え方という部分で大きく歩み寄ってくださったので、私も熱くなり上記の問いかけに「ピピっと来たんです。」と即答してしまいました。

しまった!!と思った次の瞬間、周りの仲間たちは「フライングだよ」と言いたげに怪訝な表情を浮かべていました。

しかし、経営者は思いがけない言葉を発しました。 「ピピっと来たのか。 じゃぁ1時間待つからピピっと来た理由を説明してよ。」

一同揃ってポカンとしていると「勘やインスピレーションていうのはね、突然どこからか降ってきたり、降りてきたりするんじゃないんだよ。 これまでの経験から学び取った知恵の積み重ねから、つむぎ出されるものなんだ。」

何となくですが、救われたような気分になりました。
というのも、オリジナリティーというエントリーにも書きましたが、個体の特性はあったとしても、一般に言われるような「個性」というものの存在に懐疑的です。 ですから、アイディアについても個性の結晶などではなく「共感を得るためのスキーム(仕組み)」だと考えています。

つまり、外的要因とのつなぎ役として機能してこそのアイディアであり、内在する発想はアイディアの種になることはあってもアイディアそのものではないと考えていたわけです。

しかし、経営者はアイディアの理由は内在すると断言したのです。

まだ広報という職務について1ヶ月しか経っていないのに、アイディアの根源は私にあると認めてもらえたことがとても嬉しかったです。

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  1. 2006/05/21日 00:04:19|
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特定フィールドにおけるセンス

縁あって、別の美容外科に勤務されているドクターとお食事をさせていただく機会に恵まれました。

このドクターは「徹底したサービスマインド」という概念にご関心があり、熱心に私の話に耳を傾けてくださり、私も彼の考え方や思想の根源についてのお話を興味深く聞かせていただきました。

会話の中で、美容外科術に対する技術という話題になりました。 このドクターは後輩ドクターに手取り足取り教えるという作業が大の苦手だとおっしゃっていて、 「自分もそうだったんですが、技術は教わるものではなく、盗むものだと考えています。」とおっしゃっていました。

私はこれまで抽象的かつ流動的な接遇サービスというものを体系化し論理立てて後進の教育に当たってきましたので、無自覚ながら技術とサービスは相対的関係であるように思っていたので、その点において全く逆の考え方だと漠然と感じていました。

しかし、このドクターが私に「お話を聞いているとサービスも技術なのですね。」とおっしゃってくださった。 ハっと振り返れば、確かに私自身、先輩や他の業種から方向性や考え方を盗んできました。 以前の職場でのあだ名は「サービス職人」。 体系化し論理立てたサービスは個人のポテンシャルに依存しない技術に昇華できると確信し、熱く語っていたが故のあだ名でした。 サービスも技術であるならば、その点においては全く同じ考え方ということになります。

同じ技術であると仮定した上でこのドクターに質問してみました。
「では技術差はどこで生まれるのでしょうか?」
間髪いれずに返ってきた答えは「センスですよ。ポイントの見極め問いっても良いでしょうね。」
返す刀で「では、センスやポイントの見極めはどこでご判断なさるのでしょうか?」と問うと、「上手といわれる術者の手順と下手な術者の手順を見比べて、初めて分かるのです。 上手な術者はポイントを非ポイントと同じく経過しますが、下手な術者はポイントの手前で一瞬手が止まるのです。 裏を返せば、術者の手が止まった先の過程がポイントということになるのです。」

さすが、理系の方のお話は理論的かつ適格だと感激しながらもサービスという技術にも同じことが言えるように思いました。

明日からはサービスマインドについて抽象的かつ流動的な中からポイントを明確化して仲間と共有できるようにしたいと思います。

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  1. 2006/05/17水 21:21:05|
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どっちが本物?

実は先週、大奮発してひらまつに行きました。

目的は富裕層の顔つきや会話内容を参考に、どうやったら彼らにとって魅力的な提案を美容外科から発信できるかを模索するためです。

できれば月に1度くらいの割合で来たいのですが、私のお小遣いでは3ヶ月に1度が精一杯です。

さて、そこで面白い事件に遭遇しました。

おシボりを要求する客の出現です。 
おシボりはないと突っぱねるのか、はたまた謝るのかと興味津々だったのですが、普通に持ってきたので拍子抜けしました。

思わずギャルソンに「今はおシボりを置いてるんですね」と尋ねたところ「お客様からリクエストがありましたので、置かせていただいております」という答えだった。

これをサービスと捉えるべきか、オタメゴカシの迎合と捉えるかが難しいところです。

例えばフランスに滞在したことのある人が、パリを思い懐かしんで本格的なフレンチを楽しみたいと来店していた場合、文字通り噴飯するでしょう。
私がそういう胸中で来店していたのなら、席を立ち 二度と行くことはないと思います。

つまり、フレンチレストランにフレンチなサービスを期待して来店したお客にとっては、このフレンチらしからぬサービスは幻滅の対象となってしまうというわけです。

とは言いつつも、逆に初めてのフランスひとり旅の最終日、オテル・クリヨンでガチゴチに緊張していた私に「コンバンワ、くりよんニ ヨウコソ」とお箸を持ってきてくれたギャルソンに心打たれたこともあります。

ふと、三谷幸喜さんのドラマ「王様のレストラン」で松本幸四郎さん扮する伝説のギャルソン・千石の台詞が頭をよぎりました。

「私どもは、お客様を王様だと思って使えております。 しかしながら王様の中には首をはねられた王様もいるのです。」
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  1. 2006/05/11木 01:00:46|
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美容外科も教育産業

神田昌典さんの「仕事のヒント」というメルマガを一昨年前から愛読しています。

本日のメルマガのタイトルが「伸びる会社は教育産業」でした。

解説:
あなたの素晴らしい商品について、黙っていたら、お客はその本当のよさを評価することもできない。
自分の商品を通じて、お客をよりよい世界に導く教育をするからこそ、利益があがる。
顧客はわがままであり、怠惰であり、そのニーズにあった商品を提供していれば、表層的な消費欲求を満たすだけの社会に朽ち落ちていく。
顧客ニーズに振り回されるようでは、ライバルと同じになり利益は下がるのです。


以前「落とし穴を逆手に取った手法例」というエントリーで無自覚だった価値観の提供という言葉を使いましたが、神田さんのおっしゃる「自分の商品を通じて、お客をよりよい世界に導く教育」のことです。

実は本日、新しい仲間が職場に増えました。
私とさほど歳は違わない彼女に「○○さん、美容整形とかしてみたいと思いますか?」と尋ねてみました。

答えは「手術までしたら自分じゃなくなっちゃう気がするので、私はいいです。 でも、整うことで前向きになれたり、自信を持てたりする人には良いと思います。」

私はこれまで美容外科に関心があって、お電話やメールをくださった方々とカウンセリングにご来院された方々としか接することはありませんでした。

「とりあえず手っ取り早く二重になりたい」という患者様に「とりあえず」ではなく「どうせやるんだったら」という無自覚の欲求を顕在化し、目が離れてるのが気になるのであれば隆鼻術を、シャープなフェイスラインに対するニーズがある方には隆顎術を提案することなどで「より美しい世界に導く教育」を行ってきました。

広報という新しい職種に移動した私がこれから教育すべき対象は、新しい仲間同様に「美容外科へのニーズを持たない人々」です。

相手が見えない広報という仕事に若干のイラ立ちを感じていたのですが、本日のメルマガの内容と本日入社の新しい仲間の言葉のシンクロニシティーは私にやる気を与えてくれました。

さらに本日、私が以前より提案していたホームページへのアイディアにとうとう経営者が根負けしてくださり「君の好きにして良いよ。」と言ってくださいました。

ますますやる気が出てきました。

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  1. 2006/05/01月 21:19:02|
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